見出し画像

キャンプは最高だ: 【企画】『あなたの旅、ショートストーリーにして綴りませんか』参加作品

週末の夜、満員電車に揺られていた。人の肩とカバンに挟まれ、窓に映る自分は疲れ切った顔をしている。
「このままじゃ心までつぶれる」そう思った。

明日は土曜日。よし、キャンプに行くのだ。
ネットで読んだ記事に「自然の中で過ごすと心が浄化される」と書いてあった。
それを見て、「これだ」と直感した。癒されたい。ただそれだけの理由で、僕はキャンプを決めた。

リュックに最低限の荷物を詰め込み、車を走らせる。
窓の外、灰色のビル群が途切れると、やがて山の稜線が見えてきた。心臓が少し軽くなる。湖がきらりと光った瞬間、「来たぞ」と思った。ここからが僕の旅だ。

山あいの湖畔に着くと、空気はまるで洗いたてのシャツみたいに澄んでいた。木々はざわめき、湖は鏡のように青空を映す。胸いっぱいに吸い込むと、日常で積もった疲れが少し軽くなった気がした。

テントを立てようと悪戦苦闘していると、湖面がチャプチャプと揺れる。
《おいおい、ポール逆やぞ》
「わざとだから!」反射的に声が出る。もちろん誰もいない。ただ水が茶化してきたように思えた。

ようやく形になったテントの前で火をおこす。マッチを何度もこすり、やっと炎が上がる。焚き火がパチパチと弾けた。
《おっそ!待ちくたびれたわ》
「初心者なんだよ!」
炎はツッコミながらもあたたかく、会社のノルマや人間関係のイライラを煙に変えて空へ送り出してくれるようだった。僕はしばらく無言で炎を眺めた。心の奥に溜まっていたざらつきが、赤い光に浄化されていく。

夕方。椅子に腰かけて湖を見つめる。水面はオレンジ色に染まり、カモが一羽すべるように泳いでいく。
《なに黄昏れてんねん。飯はまだか?》
「今は景色がごちそうなんだよ」
《ロマンチストか!でも、まあ…悪くない》
水がそんなふうにイジってくる。ひとりなのに、相棒と漫才をしているみたいで心地よかった。

やがて夜。湖畔は一面の星空に包まれた。焚き火の赤と空の星が同じリズムで瞬く。
《ほら見てみ、俺も星に負けてへんやろ》
「いや、燃えカスやん」
《こら!》
くだらないやり取りに声を出して笑う。静かな夜に、自分の笑い声が溶けていった。

──だが、その穏やかさは長く続かなかった。

ポツン、とテントを打つ音。
《おっ、始まったな》
「まさか本当に来るのか?」
遠くで雷が鳴り、山が腹を鳴らすように響いた。風が吹き抜け、木々がざわめく。
《嵐コースいきまーす!寝かせへんで〜》
「やめろって!今寝るとこなんだから!」

突風でテントが大きく揺れる。布がバサッと浮き、支柱が軋む。
《飛ぶで?飛んでまうで?》
「やめろぉ!」
慌てて外に出しっぱなしの道具を片付けると、雨が顔に叩きつけられた。
《ほら洗ったるわ!》
「水シャワーいらん!」

ロープを締め直す手に泥が食い込み、全身がびしょ濡れになる。雷がドンッと鳴り、山全体が舞台装置みたいに光った。
《ド派手な演出やろ?》
「演出じゃなくて恐怖だわ!」

それでも、笑えてくる。不思議だ。
「ほんまに楽しいんか?」と風が挑発する。
「楽しいよ!これがキャンプだ!」と僕は叫ぶ。
怖いのに笑ってる。逃げたいのに耐えるのも悪くない。矛盾した気持ちが、なぜか心を熱くした。

やがて嵐は通り過ぎ、気づけば眠っていた。

──朝。

テントのファスナーを開けると、雲ひとつない青空。木々は陽の光をまとい、湖はきらめきながら笑っている。枝先には雫が宝石のように光っていた。
《おーい、生きてるやん!よう耐えたな!》
思わず両手を広げて叫んだ。
「おぉー!大丈夫だったー!」

木々がざわざわと拍手を送り、焚き火の残り火もチロリと揺れてニヤついた。
《また来いや!》
「当たり前だろ!」

山も湖も風も焚き火も、みんな笑っている気がした。
そうだ。キャンプは厳しくも、やっぱり最高だ。


あとがき
よしまる様、素敵な企画をありがとうございます。

今年からキャンプに行き始め、この非日常感にすっかり引き込まれました。物語のようにソロキャンではありませんが、最近行ったキャンプでは本当に嵐に巻き込まれ、「飛ばされるかも…!」と震えました。けれど、翌朝には快晴。あの瞬間の爽快さを、この企画を拝見したときにぜひ表現したいと思ったのです。

キャンプの楽しさを表現出来ていると嬉しいです。

企画のURLはこちら

いいなと思ったら応援しよう!