【DAY5:高級食パン】ブームが消えた理由──毎日は食べないのに、なぜ並んだのでしょう
毎日は食べないのに、なぜ並んだのでしょう。 高級食パンの話です。
そしてこれは、読み手の実需がない発信の話でもあります。
2019年頃、どの街にも行列のできる専門店が現れました。 気づけば、その行列ごと見かけなくなりました。
あの行列は、どこへ消えたのでしょうか。 消えるブームと残るブームの境目を、今日は高級食パンから考えます。
どの街にも、高級食パンの行列ができました
高級食パンがブームになったのは、2019年頃です。 全国に専門店が乱立して、行列店も現れました。 火付け役格とされるのは、乃が美です。
開店前から人が並ぶ光景が、あちこちで生まれました。 もらって嬉しい、手土産にぴったり、という空気とともに広がりました。
僕もこの勢いを、横目で見ていた一人です。 主食のパンが、贈り物の顔をして並んでいました。
正直、最初は理由がよく分かりませんでした。 食パンは、毎日の食卓にあるものだからです。 毎朝の一枚に、行列は要らないはずでした。
それでも行列は、伸び続けました。 並ぶこと自体が、目的になっているように見えました。
新しい店ができるたびに、行列がまた生まれました。 その行列が、次の出店を呼び込みました。 行列が行列を呼ぶ間は、止まる理由がありませんでした。
行列が消えた後、閉店と倒産の数字が続きました
やがて、空気が変わりました。 行列が短くなり、予約なしでも買える日が増えました。 贈る側だった人が、贈られる側に回り終えた頃でした。
熱が引いたあとに、数字が続きました。
嵜本のSAKImoto bakeryは、2022年12月から2023年4月までに16店舗まで縮小しました(ITmedia)。
パン製造小売り全体では、2023年度の倒産が37件でした(J-CAST)。 前年度と比べて、85.0%の増加です。 念のため添えると、これは高級食パン店だけの数字ではありません。 パン業界全体の逆風を映す数字として、置いておきます。
乃が美については、9割の店舗が赤字だというFCオーナーの証言が報じられました(週刊女性PRIME)。 異例の1円訴訟も、報じられています。
市場規模は、約300億円とされています(J-CAST)。 地方では成り立たない小さな市場だ、という指摘もあります。 300億円と聞くと、大きく感じます。 でも全国に店を構えて分け合うには、小さな器でした。
ただ、すべてが消えたわけではありません。 今も営業を続けているお店はあります。 消えたのは、あの行列のほうでした。
だからこの数字を、笑う気にはなれません。 一店一店に、仕込みを続けた朝があったはずです。 惜しむ気持ちで、この先の構造を見ていきます。
並んだ理由は、毎日の食卓ではありませんでした
では、なぜ行列ごと消えたのでしょうか。
食パンは、本来は毎日食べる主食です。 毎日の必要に応えているなら、需要は簡単には消えません。
でも高級食パンは、毎日の食卓のために買われていませんでした。 手土産と、話のネタのために買われていました。
みんなが並んでいるから、自分も並びたくなります。 行列そのものが、買う理由になっていました。
行列は、味の保証のように見えます。 これだけ並ぶなら間違いない、と思えてきます。 でも保証していたのは味ではなく、話題の鮮度でした。
並んで買ったという事実が、その日の話題になります。 食べることより、語ることのほうが先にありました。 手土産の箱は、開ける前から役目を果たしていました。
ここが、Day2のティラミスとの違いです。 ティラミスは、もともとデザートでした。 嗜好品が話のネタとして消費されて消えるのは、まだ分かります。
でも食パンは、主食です。 毎日の食卓に根を張れるはずの食べ物でした。 それなのに、食卓ではなく行列のために買われていました。
だから行列が細ると、買う理由も細りました。 並ばずに買えるようになると、ありがたみまで薄れて見えました。 話のネタは、話題が続く間しか持ちません。 毎日の食卓という席が、最初から空いていなかったのです。
主食ですら、実需に根を張らなければ消えます。 デザートよりもっと、足元の寒い話です。 毎日側の食べ物でさえ、毎日に選ばれるとは限りません。
閉店や倒産の数字は、原因ではなく結果です。 毎日の必要に根がなかったことが、後から数字になりました。 店が増えすぎた事情も、その結果の背景にすぎません。
そしてこれは、冒頭に書いた発信の話につながります。
行列に並ぶ発信は、行列と一緒に消えます
トレンドに乗った投稿は、行列に似ています。 流れている間は、面白いように伸びます。 でも読み手に毎日の必要がなければ、トレンドと一緒に消えていきます。
こう言い切りながら、正直、僕も行列に並びかけたことがあります。 伸びているジャンルを見て、自分も書こうと思った瞬間がありました。 数字が伸びる誘惑は、それだけ強いからです。 同じ迷いを持つ人は、きっと少なくないはずです。
「これ、本当に書きたいんだっけ」 そのとき足を止めてくれたのは、僕のnoteで一番地味な記事でした。
調理師試験に向けて書いた記事で、バズったことは一度もありません。 書いた直後は、反応のなさにへこみました。 行列どころか、通りすがりの人もいない気分でした。
それでも、検索から静かに読まれ続けています。 理由は単純で、試験が毎年欠かさず行われるからです。 受験する人が、毎年新しく生まれるからです。
読み手の毎日に、必要が根を張っています。 だから行列がなくても、読まれ続けます。 遅れて届く発信があると、あの記事が教えてくれました。 派手さはなくても、季節のように需要が巡ってきます。
行列の数字だけを追いかけると、行列が去ったあとの自分に何も残りません。
行列は、作れたら気持ちのいいものです。 でも行列がなくても読まれるものが、本当の資産だと思います。 最初は誰にも読まれなくても、大丈夫です。
実需に根を張ったものだけが、残ります
認識を一つ、書き換えます。 行列ができるものほど強い、と思っていました。
でも行列だけを理由に買われたものは、行列と一緒に消えます。 残るのは、誰かの毎日の必要に応えたもののほうです。
毎日は食べないのに並んだのは、並ぶこと自体に用があったからです。 その用は、行列と同じ速さでなくなりました。 毎日食べるものだけが、毎日買われます。
行列は写真に残りますが、毎日は写真に残りません。 それでも積み重なるのは、毎日のほうです。
だから僕は、行列に並ぶことより、誰かの食卓に残ることを選びます。
明日はDay6です。 消えると思われたのに、今も棚にあるものがあります。 ナタデココと食べるラー油、初めて登場する残った側の話です。
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