④『水底の墓標—足羽川ダムと継体天皇』第4節:管理される自然 —— 流水型ダムが隠す「土砂の未来」と人間の傲慢
第4節:管理される自然 —— 流水型ダムが隠す「土砂の未来」と人間の傲慢
巨大なコンクリートの塊が谷を塞ぐ従来のダムに対し、国が池田町に持ち込んだのは「穴あきダム」とも呼ばれる流水型ダムだった。平常時は水を貯めず、そのまま流す。洪水時のみ川の流量を調節し、環境への負荷も少なく、魚類の遡上も妨げない。それは、まさに「自然と共生する最新鋭の治水システム」として喧伝された。
しかし、その言葉の裏には、人間が直視しようとしない不都合な真実が隠されている。川の流れを堰き止めることは、たとえそれが平常時は穴から水を素通りさせる構造であっても、川の持つ根源的な機能を完全に無傷で通すわけではない。
川は単なる水脈ではない。上流から運ばれる膨大な土砂や養分を、下流の平野部、そして海へと運ぶ巨大な「物流システム」である。東庄境の谷を流れる清流もまた、そのシステムの一部を担っている。
流水型ダムは、ひとたび大雨に見舞われれば、その巨大な腹の中に濁流を一時的に留める。その静水域となった場所で勢いを失った土砂や砂利は、底へと沈み、堆積していく。洪水が引けば水は抜けていくが、山から運ばれるすべての土砂がそのまま下流へ通り抜けるわけではない。長年の歳月をかけて、ダムの上下流における土砂のバランスは確実に歪められていく。
この現象がもたらす未来は、環境アセスメントの綺麗な報告書には決して書かれない。
数十年、あるいは100年というスパンを経たとき、流水型ダムはその機能の限界に直面する。ダムの底に設けた穴や水抜き機能の周辺には土砂や流木が堆積し続け、維持管理のための莫大なコストと労力が要求されるようになる。
先行する島根県の益田川ダムや石川県の辰巳ダムの事例が示す通り、想定を上回るペースで堆積する土砂や流木は、放流孔の閉塞という致命的なリスクを常に突きつける。自然の圧倒的な土砂運搬能力の前に、人間が築いた管理システムはいつか必ず目詰まりを起こす。堆積した土砂を除去し続けることは容易ではなく、その管理を怠れば、ダムはいずれ厄介なコンクリートの遺物と化す。
「環境に配慮した」という甘言は、未来の世代にメンテナンスのツケを先送りするための免罪符に過ぎない。池田町の住民は、上流のコンクリート要塞の建設に圧倒されながらも、その腹のなかで静かに進行していく自然との終わりのない戦いの予兆を、まだ知らない。
人間が自然を「管理」しようとする時、必ずその代償を支払うことになる。ダムの穴から覗くのは、自然との共生の未来ではなく、管理という名の傲慢が孕む、遠い将来の重荷にほかならない。
