肩の痛みは、肩だけではなかった──原因は肩の外にもあった
肩が痛いとき、多くの人は「肩が悪いんだから、肩を何とかしよう」
と考えます。
でも実は、この考え方そのものが、肩の痛みを長引かせている可能性があります。
肩の痛みや違和感は、誰にとっても決して珍しいものではありません。研究によると、一生のうちに肩の痛みを経験する人は約40〜60%にのぼると推定されています(1)。
中でもよく知られている原因の一つが「肩峰下インピンジメント症候群」で、肩の痛みを訴える人の約半数(44〜65%)に関係しているとされています(2)。
肩の痛みや詰まり感は、腕を横や前に持ち上げたとき、特に肩の高さ(約90度)あたりで強く感じやすいことがわかっています(3)。
これはスポーツの動きだけでなく、棚の上の物を取る、洗濯物を干すといった、日常生活で何気なく行っている動作が関係しています。
肩の痛みが起こりやすい人としてよく知られているのは、野球・水泳・テニス・バレーボールなど、腕を頭の上で繰り返し使うスポーツを行う人です(1)(4)。
ただし、肩の痛みはスポーツをしている人だけの問題ではありません。最近の研究では、長時間パソコン作業をするデスクワーカーも、肩の痛みが起こりやすいグループに含まれることがわかってきました(1)。
多くの人は、肩が痛くなると「肩の関節や筋肉そのものが悪い」「使いすぎて傷んだのだ」と考えがちです(2)。
しかし、この考え方こそが、肩の痛みがなかなか改善しない原因になっている可能性があります。
実際、痛みを感じたとき、多くの人は肩の筋トレやストレッチなど、肩だけに注目した対処法を選びます。
しかし、肩の動きや負担は、肩関節だけでなく、肩甲骨や胸椎(背骨の真ん中よりちょっと上の部分)といった“土台”の状態に大きく左右されることが示されています(2)。
つまり、肩だけを見るのでは不十分で、身体全体のつながり(運動連鎖)を考えないと、根本的な解決は難しいと考えられるのです。
⚠️大切な前提として⚠️
肩の痛みの原因や回復の経過は人によって異なります。
この記事は、肩の仕組みを理解するための一般的な情報をまとめたものであり、すべての肩の痛みに当てはまるわけではありません。
痛みが強い場合や不安がある場合は、無理をせず、医療機関や専門家に相談してください。
Ⅰ. 肩の痛みは、筋肉の問題だけではなかった

Ⅰ-1.誤解されやすい常識:「肩の筋力を鍛えれば良くなる」
肩が痛いと、多くの人は
「筋肉が弱いから痛いのでは?」「だから、鍛えれば良くなるはず」
と考えるのではないでしょうか。
これは、肩の痛みを経験した人がほぼ必ずたどり着く、とても一般的な考え方です。
実際、単純に筋力が足りないことが原因で、痛みが起こるケースももちろんあります。
しかし近年、複数の研究をまとめて分析した結果からは、この考え方とは少し違う現実が見えてきています。
Ⅰ-2.治療で痛みが消えても「肩の動かし方」は変わらないかもしれない
複数の研究を統合して調べたシステマティックレビューでは、肩峰下インピンジメント症候群の患者さんが、運動療法や手技による治療を受けた結果、
・痛みが軽くなる
・日常生活での不自由さが減る(DASHスコアの改善)
といったはっきりした改善が見られたと報告されています(5)。
ところが、その一方で、治療の前後で詳しく測定された肩甲骨の動きを比べると、一貫した改善は確認されなかったという結果も示されています(5)。
つまり、痛みが減ったことと、肩甲骨の動きが理想的に変わったことは、必ずしも一致していなかったのです(5)。
この結果が示しているのは、肩の痛みの原因が「肩甲骨の動きの乱れ」や「筋力不足」といった、目に見えやすい問題だけでは説明できない可能性があるということです。
実際、痛みが軽くなった理由としては、
・体をうまく動かすための神経と筋肉の連携(動かし方のコントロール)が良くなった
・関節やその周りの組織が柔らかくなった
といった、動きの形そのもの以外の要素が関わっていた可能性も考えられます(5)。
つまり、
「筋トレをすれば治る」という単純な考え方だけでは、肩の痛みという複雑な問題を正しく理解することはできない
ということが、研究からも示されているのです。
II. 肩は、ひとつでは動いていなかった

Ⅱ-1.肩は「関節」ではなく「肩複合体」である
肩のことを考えるとき、私たちはつい「肩関節(腕と肩をつなぐ関節)」だけを思い浮かべがちです。しかし、実際の肩はひとつの関節だけで動いているわけではありません。
バイオメカニクス(身体の動きを科学的に考える分野)では、肩を「肩複合体」という、いくつもの関節が組み合わさった仕組みとして捉えるのが基本です。
この肩複合体は、
・腕の骨と肩甲骨の間にある関節(肩甲上腕関節)
・鎖骨と胸の骨をつなぐ関節(胸鎖関節)
・鎖骨と肩甲骨をつなぐ関節(肩鎖関節)
・肩甲骨が肋骨の上を滑るように動く部分(肩甲胸郭関節)
といった、4つの関節や仕組みから成り立っています(6)。
私たちが腕を大きく動かせたり、安定して物を持ち上げられたりするのは、これらすべてがバラバラではなく、連動して働いているからです(2)(6)。
つまり、肩の動きや安定性は、ひとつの関節の働きではなく、体全体のつながり(運動連鎖)によって支えられているのです。
Ⅱ-2.挙上時に不可欠な「土台」の動き:胸椎伸展と肩甲骨の上方回旋・後傾
腕を頭の上に挙げるとき、肩甲骨はただ固定されたままではなく、上方回旋と後傾(上に回り、少し後ろに傾く)を伴って動くことが、腕をスムーズに万歳するための正常なパターンです(3)(6)。
スムーズに動かすためだけでなく、この肩甲骨の動きには、肩の中を守るための重要な役割があります。
上腕骨頭(腕の骨の先端)が肩峰下(腱や滑液包があるスペース)で腱や滑液包を挟み込まないように、十分なスペースをつくることです(5)(6)。
さらに見落とされがちなのが、肩甲骨が乗っている「土台」の存在です。肩甲骨が正しく動くためには、胸椎がしっかり動くことが欠かせません。
実際、複数の研究では、肩峰下インピンジメント症候群(SIS)のある人は、痛みのない人と比べて、胸椎の伸展(反らす動き)が大きく制限されていることが報告されています(2)。
胸椎の動きが硬くなると、肩甲骨は本来あるべき位置を保てなくなり、その結果、肩関節の動く範囲も狭くなってしまいます。
このような状態が続くことで、肩の中で組織が挟まりやすくなり、SISにつながる可能性があると考えられています(2)。
Ⅱ-3.骨頭の外旋を伴う挙上が、肩峰下ストレスを軽減する
肩のインピンジメント(挟み込み)は、腕を上に持ち上げたときに、上腕骨頭が、肩峰下にある腱や滑液包を繰り返し圧迫してしまうことで起こります(2)。
この圧迫は、肩甲骨の一部である肩峰の下の狭いスペースで起きています。
これまでの研究では、
・肩甲骨が十分に上に回らない(上方回旋不足)
・後ろに傾きにくくなる(後傾不足)
・腕の骨が内側に捻れたまま万歳する(骨頭の内旋の増加)
といった動きの乱れがあると、肩峰下インピンジメントが起こりやすくなることが示されています(2)。
特に重要なのが、腕を上げるときの「ねじれ方」です。腕を持ち上げる際に、腕の骨が内側にねじれたままだと、腱や滑液包が挟まれるリスクは高くなります(3)。
一方で、腕を上げるときにわずかに外側へねじる動き(外旋)が加わると、腱を傷つけやすい腕の骨の出っ張り(大結節)が、肩の中の狭い空間からうまく「逃げる」ことができます。
これにより、肩にかかるストレスが減ることが、体の動きの仕組みからも説明されています(6)。
実際、肩峰下インピンジメント症候群(SIS)のある人では、健康な人と比べて、肩を外にねじる働きを持つ筋肉(棘下筋などの外旋筋)の筋力が明らかに低いことが報告されています(2)。
さらに研究では、この外旋筋と、肩甲骨を下から安定させる僧帽筋の下部が、うまく協力して働くことが重要だとされています。
この協力関係が、疲労などによって崩れると、肩を傷めるリスクが高まることが指摘されています(4)。
ここまでの話を整理すると、肩の痛みが起こりやすい人には、
次の共通点があります。
・甲骨がうまく上方回旋・後傾しない
・胸椎が伸びず、土台が固まっている
・腕を「内にねじったまま」上げている
Ⅲ. 肩の問題は「使い方」から見直す

「肩が悪い=肩をどうにかする」という考え方を一度手放し、肩全体がどのようにつながって動いているかという視点で捉え直すことが、肩の問題を根本から改善するための大切なポイントです。
私たちは普段、特に意識しなくても、肩関節だけで腕を動かそうとしてしまいがちです。
しかし、肩のトラブルを改善するために本当に大切なのは、「どんなトレーニングをするか」よりも先に、身体の使い方に対する意識をアップデートすることです。
Ⅲ-1. 肩を上げるときに「肩だけで動かそうとしない」視点
腕を上に持ち上げるときには、腕の骨の動きと、肩甲骨の動きがうまく連動する「肩甲上腕リズム」が必要です(6)。
腕を動かすときに、肩甲骨が肋骨の上を滑るように動き、土台として支えていることを知っておくことが大切です。
肩甲骨は、腕が大きく動くのを助け、肩の中で組織が挟まるのを防ぐための、とても重要な“動く支え”なのです(1)。
Ⅲ-2. 外旋を伴った挙上という考え方
腕を上げる動作を行う際、上腕骨頭が外旋することで、肩峰下のストレスを軽減できる可能性があります(6)。
これは、外旋筋がうまく働くことで、肩の中で問題が起こりやすい位置を自然に調整してくれるためです。
特に、普段から巻き肩になりやすいデスクワーカーは、無意識のうちに内側にねじれた状態で腕を上げてしまいがちです。
複数の研究でも、外旋筋の筋力回復が肩のリハビリにおいて重要であることが示されています(2)。
Ⅲ-3. 肩が詰まる人ほど、胸椎・肩甲骨の“逃げ場”が重要である
多くの研究から、肩の痛みは、胸椎の伸展(反らす動き)が硬くなることや、肩甲骨の位置が崩れることと関係していることがわかっています(2)。
肩の詰まりを感じやすい人ほど、肩関節そのものを無理に伸ばすよりも、胸を開き、背骨を伸ばす動きを意識することが大切です。これによって肩甲骨が動ける「逃げ場」が生まれ、猫背姿勢が改善しやすくなります。その結果、肩甲骨が本来の位置に戻りやすくなり、腕の骨が自由に動ける環境が整っていきます(2)(3)。
もし今日から一つだけ意識するなら、「腕を上げる前に、胸が自然に開いているか」から意識してみてください。
Ⅳ.まとめ
肩の痛みは、肩だけの問題とは限りません。
痛みが改善しても動きが変わらないことがあるように、原因は筋力不足や肩甲骨の動きだけでは説明できない場合があります。
肩は複数の関節が連動して働く「肩複合体」であり、胸椎・肩甲骨の協調が崩れることで、痛みや詰まりが生じやすくなります。
大切なのは、肩を部分ではなく全体のつながりとして捉え直すことが、再発を防ぐための第一歩になります。
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