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連載エッセイ【アラフィフ婚のすゝめ】アラフィフ婚への道4

 披露宴はいよいよクライマックス。新郎の挨拶のあと、新婦の手紙の場面となったのだが、まぁ私のやることである。お父さんお母さん、今まで育ててくれてありがとう、なんて素直に言う訳がない。
 まずはゲストの皆さまへ向けて「遅すぎたふたりの門出にお越しくださり本当にありがとうございます」と感謝を述べて笑いを取った。良い滑り出しである。
 続いて友人たちに対して「私たちの関係を辛抱強く見守ってくれていたお友達の皆さんにも、この場を見届けていただけることを嬉しく思います」と述べると、ブーケを増やしておけと言っていたお友達が「本当や!」と野次。ここでも爆笑が起きた。
 そしてここからが私の狙っていたポイントへと流れる。
「皆さまもご存じのように、私は既に初々しさもなく、未熟というにはトウがたち、あとは枯れるだけだと思っていました。実は秘かに、いずれは実家の墓に入れてもらえないだろうか思い、兄の子供たちに相談する必要があるだろうかとも考えていました。姪っ子ちゃん、甥っ子ちゃん、安心してください。叔母ちゃんは〇〇家のお墓に入ることが約束されました」
 大爆笑ドッカーン! 特におじさま方のゲラゲラ笑う声が場内に響き渡った。
 結婚式でお墓の話が出来るなんて、アラフィフ婚だからこそである。お若いカップルの皆さんは決して真似をしない方が良いと思う。しないだろうけれど。
 一応両親への感謝の言葉も織り交ぜはしたけれど、鬼籍の父には「こんな私を迎えて下さる虹夫さんのご家族に感謝してください」と言ってしまったので、またもやドッカーン! ここは狙っていた訳ではなかったのだが。
 そして虹夫さんのご両親に対しても、いい歳をしてまだまだ至らない私ですが末永くよろしくお願いします、と結んだ。
 私は昔から文章を書くのが大好きで、私の発する言葉で誰かが楽しく笑ってくれることが嬉しかった。この日、初めて心から私の言葉で大勢の方たちに楽しんでもらえたと感じられて本当に嬉しくて感激した。
 その後は新郎新婦の退場、エンドロールの上映、ゲストのお見送りまで済ませたら着替えてプランナーさんと改めて費用の確認。もし追加費用が発生していたらこの時に説明をされるのだが、幸いハプニングも時間の超過もなかったので予定通りの支払額が決定した。
 残念だったのは着替えなどをしている間にケーキのチョコレートプレートが片付けられていたこと。記念に持って帰りたかったな。予めプランナーさんに伝えておくべきだった。そこは自分でも反省点であった。
 通常であればこの後は二次会などが行われるのであろうが、何度も言うが私たちはアラフィフ。もう次に親兄弟やその子どもたちが元気に揃って顔を合わせるのは、誰かが欠けた時かもしれない。そう考えると、家族親族での時間を持ちたいという気持ちになる。それは私の方も虹夫さんの方も同じで、お友達とはこの日招待できなかった方たちも含めて別日に改めてお祝いの会をすることで解散となった。
 虹夫さん宅は自宅が広いので親族集まっての大宴会も可能だが、私の実家は田舎の割にはお世辞にも広いとは言い切れない。兄が手配してくれたバーで私の結婚と母の喜寿の祝いを改めて行なった。
 そこで盛り上がったのは私の手紙。特に叔父のファンキーさんからは大絶賛で、つい私も調子に乗りそうになるくらいだった。本当に、素直に嬉しい。
 その晩は全員が同じホテルに宿泊。翌朝も全員で朝食会となったが、その際に高校を卒業してから県外に出て滅多に帰省していない妹からこう言われた。
「姉ちゃん、昔より声高くなってない?」
 手紙の朗読の際にそう感じたらしい。そうだろうか。私自身は昔も今もアルトボイスだと思っているが。そう答えたところ、ファンキー叔父の奥様が言った。
「幸せだと声が高くなるらしいわよ」と。
「そうなんですか?」と妹とビックリ。真偽のほどは不明だが、少なくとも今の私は妹の知る昔の私よりは幸せなのだと思う。それは自覚している。
 きょうだいや叔父たちをチェックアウト後に見送り、私はもうすぐ退去することになるアパートに帰った。さぁ、ここからがまた大変だ。
 虹夫さんにアパートに来てもらい、ご祝儀の集計、挙式から三日以内という期限内に費用を振り込み、内祝いを送る。そして、汚部屋からかろうじて散らかった部屋へと昇格しただけの部屋を完全に空にしなければならない。新居の家具も買い揃えなければならないしでやるべきことは山のようにあった。
 そんな状況にあって、新型コロナに罹患する私。なんで終息してきた今になって。まぁ、こんな間の悪さも私らしさかな。て、寝込んでる場合じゃないのに!
 私が寝込んでいる間、ひとりで走り回ってくれた虹夫さん。最終的に本当に時間がなくて、私が回復するや否や虹夫さんのご両親を巻き込んでの軽トラ引っ越し作業開始。毎日夕方になると軽トラでアパートへ家具や食器等回収に来てくれて、新居に放り込んでおいてくれた。回収日に間に合わなかった不用品などは一旦畑の隅などにまとめておいて、最終的には廃品業者に持ち込みまでしてくれた。
 もう、お義父さんにもお義母さんにも頭が上がらない。お義母さんなんて、「もう全部捨てて身ひとつでおいで。全部買ってあげるから」とまでおっしゃってくださっていたのに。私が物を捨てられない性分なばかりにご迷惑をお掛けしてしまった。
 新居は虹夫さんの実家に比較的近く、その後は定期的に義実家にお呼ばれしては食事会を開催している。虹夫さんが家を出たことで、ふたりだけの生活が少し寂しいのかもしれない。そもそも結婚を決めた時、二階を明け渡すから同居してはどうかと言ってくれていた。私も年齢も年齢だし、農業のお手伝いも必要になるだろうから最初から同居は覚悟していたのだが、虹夫さんが「最初の何年かはふたりで生活したい」と言ってくれたのだ。その時に、あまり多くは語らないけれど虹夫さんなりにふたりの新生活についていろいろと考えてくれていたのだと気付き、胸がじんわりとしたのはここだけの話。

「アラフィフ婚への道5」へ続く

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塩野丸 華|遅咲きのエッセイスト よろしければ応援お願いします。いただいたチップはクリエイターのへそくりになります。