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坂井秀人が指摘した「タワマン叩き」の正体――SNSで繰り返される"住めない人のデメリット探し"

実業家の坂井秀人さんが、こちらのpostで鋭いことを言っていました。

読んだとき、たしかにな…と思いませんでしたか?

地震のたびに湧き出す「タワマン批判」

大きな地震があると、SNSには決まってこんな声が流れてきます。
「高層階は揺れが激しい」「エレベーターが止まったら詰む」「タワマンなんて危険だ」

もちろん、災害リスクを考えることは大切ですよね。でも、坂井さんが指摘しているのはそこじゃありません。気圧でご飯が炊けないとか、子供の教育に悪影響といった、ちょっと首を傾げたくなる理由まで持ち出して叩くのはなぜ?という話です。

気圧の影響で炊飯がうまくいかない?たしかに山頂では多少変わりますが、都心のタワマン程度の高さで日常的に困るケースはほとんど聞きません。健康に悪いや子供に良くないも、根拠となるデータはほぼ出てきません。
どこかふわっとしたなんとなく悪そうなイメージが先行しているだけだと思います。

心理学が教える「酸っぱいブドウ」現象

イソップ寓話に「酸っぱいブドウ」という話があります。ブドウに手が届かなかったキツネが「あのブドウはきっと酸っぱいに違いない」と言い訳する、あの話です。

人間も同じで、手に入らないものを、実はたいしたことないと思いたくなる心理が働きます。
これは心理学的にも「合理化」と呼ばれる、自然な防衛反応です。

SNSはその構造を増幅させてしまいます。
タワマンに住みたいけど住めないという気持ちを直接表現するのは難しくても、タワマンはこんなに危ない・不便・よくないと発信することは簡単にできちゃうんです。
それが共感を呼び、拡散され、地震のたびに繰り返されるわけです。

「毎日この景色を見られる価値」という話

坂井さんのpostで、もうひとつ印象的だったのが最後の部分です。

「それより毎日この景色を見られる価値の方が圧倒的に大きい。今は低層に引っ越したけど1日中カーテン閉めてるから」

今は低層マンションに住んでいて、カーテンを閉めっぱなし。高層階にいたときは、その景色そのものが毎日の豊かさだった。
そのひと言に、数字では測れない暮らしの価値が詰まっていますよね。

住まいを選ぶとき、私たちはどうしても広さや価格、利便性で判断しがちです。でも実際に暮らしてみて強く感じるのは、毎朝どんな景色を見て目覚めるか、家にいるときどんな気分になれるかという感覚的な部分だったりします。

人の選択を叩く前に

住まいに限らず、SNSでは「自分が選んでいないもの」を叩くコンテンツが伸びやすい傾向がありますよね。
タワマン、高級車、ブランド品、専業主婦…選択肢はなんでもいいんですよ。

でも坂井さんのpostが示しているのは、シンプルなことです。他人の暮らし方をデメリットで語る前に、自分はなぜそれを叩きたいのかと一度立ち止まってみることが大事なんじゃないか、ということ。

「住めない人がデメリット探してるだけ?」

この一行、刺さった人には刺さったはずです。

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