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寄付は、特別な人のものじゃなかった。


──かつおクラブと、再起の森ヴィレッジ構想





正直に言うと、
「寄付」という言葉には、どこか距離を感じていました。

立派な人が
余裕のある人が
覚悟を決めた人がやるもの。

そんなイメージが、ずっとありました。

だから、
自分が関わるものではない、
と思っていたのだと思います。



そんな中で出会ったのが
かつおクラブでした。

最初に目に入ったのは
「100円から」という金額。

そして
「集まったお金は、全額寄付」
「お金の流れは、すべて公開」

でも、不思議と
押される感じは一切ありませんでした。

むしろ、
「無理しなくていいですよ」
と言われているような空気がありました。



寄付実績を見ていて、
すごいな、立派だな、というよりも先に感じたのは、

あぁ、ちゃんと“続いている”んだな

という安心感でした。

一度きりではなく、
派手でもなく、
静かに、淡々と。

それが、
いちばん難しくて、
いちばん尊いことだと、
これまでの人生で何度も感じてきたからです。



私は今、
**「再起の森ヴィレッジ」**という構想を描いています。

折れた人が、
無理に立ち上がらなくてもいい場所。

何者かにならなくても、
役に立とうとしなくても、
ただ「居ていい」場所。

そこでは、
大きな一歩よりも、
小さな一歩を、続けることを大切にしています。



かつおクラブの在り方を見ていて、
その思想と、とても近いものを感じました。

寄付を
「すごい行為」にしないこと。

「出来る人だけがやるもの」にしないこと。

そして、
続く形で、日常に置くこと。

これはもう、
お金の話というより、
文化の話だな、と思いました。



私は、
月々100円という、本当に小さな形で
かつおクラブに参加しています。

でも、
この「小ささ」が、
とても心地いい。

無理がないから、
続けられる。

続けられるから、
ちゃんと届く。

そんな循環の中に
自分もそっと居られることが、
嬉しいのだと思います。



寄付は、
特別な人のものじゃありませんでした。

そして、
応援は、
声を張り上げなくても、
十分に伝わるのだと感じています。



この文章は、
かつおクラブの紹介というより、
**私自身の「気づきの記録」**です。

もし、
どこか一行でも心に残った方がいれば、
それは、
ご縁が静かに重なった合図なのかもしれません。



※この文章は、
「再起の森ヴィレッジ」という構想の、
ほんの一部の思想でもあります。

※誰かを励ましたくて書いたものではありません。
ただ、
静かに続けている人の存在を思い出したとき、
自然と浮かんできた言葉です。

もし、
同じ空気を感じる場所に、
そっと触れてみたい方がいれば、
こちらも静かに置いておきます。

▷ かつおクラブさんのnote

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