◆話のネタ◆ No.133 熱中症になった話 !
今回は、2005年に私が、熱中症になった話です。
2005年の夏は、特に暑い夏でしたが、今ほど熱中症の危険性が世間に広く認知されていなかったのと、今の暑さよりもまだましでした。
1.当時サラリーマンは、真夏にスーツとネクタイで仕事をしてた!
2005年当時、サラリーマンは、真夏でもスーツとネクタイが必須だった。 私は、銀行からグループのIT会社に出向していたが、スーツの袖が汗でベトベトになるのが嫌だったので、真夏も長袖カッターシャツを着ていました。
銀行で営業している時も、IT会社で営業している時も、お客様とは、クーラーの良く効いた部屋で打合せとなりますので、お客様も全員スーツにネクタイ姿だった。
また、その頃は、一番暑い日が35度くらいで、現在よりまだましだった。
2.びわこ銀行の住宅ローンセンターを真夏に訪問
仕事で、びわこ銀行の住宅ローンセンターを往訪してヒアリングや提案をする必要があり、私Sと他行出身の先輩営業マンAさんと開発担当のT君の3人で真夏に往訪しました。
8月の金曜日の14時頃、訪問して、ヒアリングや提案をして15時30分頃終了したのでした。
3.先輩の浅はかな遠慮で、ひどい目に !
びわこ銀行の本店企画部様からの紹介よる訪問であり大変真摯にローンセンター長を始め、職員の皆様にご対応頂きました。
帰る時、
センター長「駅まで歩かれると25分はかかるので、タクシーをお呼びしましょうか?」
S(私)「是非、お願いします💕」
A先輩「いえいえ、どうかお気遣いなく、駅に向かいながらタクシーをひろいますので、大丈夫です!」
センター長「そ、そうですか」
S(私)・・・・・(心の声) 何で、タクシー呼んでもらわんの!!!
お礼を言って、3人で、ローンセンターを退所した。
4.タクシーを探しながら駅目指して・・・
当日の私の恰好は、長袖のカッターシャツ、ネクタイ、スーツ、ノートパソコンと資料いりの重いビジネスバック、プロジェクターの入った重いジュラルミンケース。 当時は、プロジェクターも大きく、ジュラルミンケースにいれて持ち運びしてたので、6kgは、あった、ビジネスバックも5㎏位
それに加えてステンレスの水筒に冷たいお茶を入れて持参していたが、センター到着前に、既に全部飲み干していた。
真夏の15時30分 琵琶湖のほとりを徒歩25分先の駅を目指して、3人で歩き始めた。 道路は、陽炎が立っており、雲一つないカンカン照りで、日光を遮るようなものが一切ない中、タクシーが通るのを探しながら、駅に向かって歩き出しました。
しかし、ローンセンターのある場所は、琵琶湖の他に付近にお店等も一切なく3人で歩いていたのでした。
10分歩いた所で、”この場所を流しているタクシーなど絶対ない!”と気が付きました。
そうすると、A先輩に対して、腹の中で、フツフツと恨みが湧き上がったのです。 何で、『タクシー呼びましょうか?』 を断るんや! こっちは、
お願いします!と言うたのに。
それにあんたは、ぺちゃんこのビジネスバック1つしか抱えてないが、私は、とんでもない重い状況、もう~ ほんとに腹が立つ!!!

5.消えない頭痛と取れない身体の暑さ
結局、最後まで、タクシーは、1台も通過せず、駅まで歩かざる得なかった。 当然、背中の中は、滝のように汗が流れ続け・・・直射日光も全身で浴びているので、喉は、カラからの状態、次第に頭がズキズキ痛くなり始め、駅横のショッピングモールに25分間歩いて到着したのでした。
冷房の良く効いたショッピングモールについたので、これで、水分もとれるし涼めるので、頭痛も収まると安堵しました。
即、自動販売機で飲物を購入し、椅子に坐り、上着脱ぎ、カッターシャツを腕まくりし、ネクタイを緩め涼んだのでした。 しかし、身体の表面は、冷房が良く効いて涼しくなってきたのですが、身体の内部は、冷たい飲み物を飲んでも、クーラーに当たっても、温度が下がらない感覚でした。 ズキズキする頭痛もおさまりません!!
30分以上、そこで休憩してたのですが、頭痛と体内の熱は、冷めませんでした。
頭痛が、治まり体内の熱が取れてきたのは、自宅に戻って、何時間も経ってからでした。
6.当日は、大阪の最高気温が37度と当時の最高気温
その日は、2005年8月5日(金)で大阪で当時の最高気温の37度を記録した日だったと思います。 それまでは、暑くても35度くらいだったと思います。
後日、夕刊に、8月5日(金)大阪難波で、35才のサラリーマンが熱中症の為、死亡と出ていました。
私は、頭痛迄でしたが、嘔吐する、意識を失うとかなると命に係わるのだとその時、初めて熱中症の怖さを知りました。
個人の感想としては、熱中症になったら、簡単には、身体内部の温度を下げることが出来ず、頭痛、嘔吐、意識障害を発症するくらいになったら命も危ないという事が初めて理解できました。 そうなると内臓機能にも障害が発生するようで、熱中症は、気づいた時には、もう遅いとなるのが恐いと理解しました。
7.私が、小学校低学年の頃の夏の最高気温
今から60年以上前になりますが、小学2年生の頃の夏休みの毎日の絵日記に天気と気温をつけていました。
『今日は、30度もあったので大変暑かった』 と書いた覚えがあり当時は、30度越えが最高気温だったと思います。
田舎でしたので、すべて開けっぱなして、蚊帳で寝てましたから 💕

【おまけ2】 真夏の炎天下、驚異の銀行員を見た!
銀行の営業をしている時、ヤマハメイトの50㏄のカブで営業していました。 今から、30数年前、当時は、スーツにネクタイが原則でしたが、真夏に既存顧客を往訪する時は、背広は、脱いで回ってもOKでした。
真夏の午後2時、バイクですから走行中は、まだ暑さに耐えれるのですが、信号で止まり、前にバスが止まって排気ガスを全身に浴びせられ、道路からは、ゆらゆらと陽炎が・・・・・・
私は、その時、背広は、脱いで回っていたのですが、すぐ斜め前にも銀行員のバイクがありその男は、なんと! 背広も着ていたのです! 私でさえ、背中は、滝のように汗が流れ、ヘルメットの中も同様、しかもバスの排気ガスと道路からの陽炎で、意識が朦朧とする中で、その銀行員は、清々とバイクに跨っていたのでした。
S(こころの声)「・・・この男、ライバルながら天晴や! どんな奴か、顔を見たれ🎵」と思い、両足でバイクを前進させその銀行員の顔を覗き込むと・・・・
「おう、S、どしたんや?」
S「あっ、I 先輩だったんですか! 背広迄着て暑くないですか?」
「おう、暑いで!」
なんと同じ支店の強烈な営業マンの I 先輩だったのです。
私は、なんと当行は、恐ろしい銀行かと思いました・・・・・
【おまけ2】 お年寄りが冷房をつけずに熱中症に何故なるのか?
よくニュースで高齢者がエアコンをつけずに自宅で締めきって寝て熱中症で死亡するのを耳にして、『電気代節約にしても、そこまでして命を失ったら意味がない』と思っていました。
しかし、ある時、親戚のお婆さんが、真夏に、クーラーをつけず扇風機だけで平気と言っていたのを聞いて、『ずいぶん、頑固になられたもんだ』と思っていました。 1人暮らしをされていたので、夜は、2階で寝ていらっしゃたのですが、怖いからと窓を全部締められエアコンもつけられてなかったので、30度くらいの部屋となっていました。
それでもご本人は、『暑くない!』とおっしゃるのを聞いて、初めて、老化により暑さを感じるセンサーがうまく働かなくなっているんだと気が付きました。 それからは、私も、喉が渇いていなくても夏場は、こまめに水分補給を心がけています。
<次回予告>
No.134 95歳になった母の誕生会:長寿の秘訣は?
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