『これを楽しむ者に如かず』――ガウス加速器とfermi_cafeに見る「知好楽」の場(寺田寅彦風)
一冊の本を手元に迎えた。東京理科大学の名誉教授であり、恩師でもある藤嶋昭先生の『知好楽 中国古典の名言33』である。ページをめくりながら、ふと目に留まったのが、あまりにも有名な論語の一節であった。
「これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」
物事を単に知っているだけの者は、それを好きでいる者には及ばない。そして、ただ好きでいる者は、それを心から楽しんでいる者には及ばない、という意味である。
この言葉を噛みしめているうちに、ふと胸に浮かんできた景色があった。それは、fermi cafeの空気そのものではないか、ということである。
それを象徴するような出来事が、昨年のことに思い起こされる。 つくば市のサイエンスコミュニケーターマイスターである「ゆーみるしー」さんをお招きし、「ガウス加速器」のワークショップを開催したときのことだ。
ガウス加速器とは、強力なネオジム磁石と鉄球を並べ、磁力の引き合う力を利用して最後の鉄球を猛烈な速度で弾き出すという、物理の基本原理が詰まった実験装置である。
当日、会場には親子連れも集まってくれたのだが、何より印象的だったのは大人たちの姿であった。参加した大人の男性陣が童心に返って目をキラキラと輝かせ、本気になって実験に取り組んでいたのである。鉄球の配置をミリ単位で変えてみたり、加速の勢いに歓声をあげたりするその横顔は、まさしく論語のいう「これを楽しむ者」そのものであった。
ねえ君、不思議だと思いませんか?
本来、物理の力学や磁気学といったものは、教科書や机上の学問として提示されると、少々堅苦しく敬遠されがちなものである。しかし、目の前で鉄球が弾け飛ぶ驚きを体験し、自分自身の手で工夫を重ねる過程においては、「勉強」という概念は消え去り、ただ純粋な「面白さ」だけがそこに残る。
人は誰しも、全く見たことも聞いたこともない未知のものに対しては、興味の持ちようがない。しかし、一度でも手や目を動かして「体験」したことがある記憶は、心の奥底に静かに伏流として残り続ける。
後に学校の授業や本の中で「ガウス加速器」や「磁場」という言葉に出会ったとき、あるいは難しい数式を目にしたとき、「おや、どこかで見たことがあるぞ」「あの時のあの現象のことか」と思い出すことができたなら、どうだろうか。その瞬間、未知の学問は、すんなりと自分の中に入り込んでくる親しい存在へと変わるのではないだろうか。
最初から完璧に理解する必要など、どこにもないのだ。 「知る」ことの前に「楽しむ」体験があり、その楽しかった記憶が導線となって、いつか自発的な「学び」へと繋がっていく。
fermi cafeが目指すものも、そこにある。知的好奇心の芽を育て、大人が本気で目を輝かせ、子供たちが未来の「アハ!」と出会う場所。
一冊の古典が教えてくれた「知好楽」の神髄を、私たちはこれからもこのfermi cafeという小さな実験室の中で、静かに、そして楽しげに体現していきたいと思うのである。
黒野亜矢子さんの生成AI講座「1時間で完成|自分だけのAIキャラクターを作って会話してみる」で作った「寅彦さん」の作文です。
