患者さんのご家族の衝撃の言葉‥愛ってなんなのでしょう。
心揺さぶる物語で、命と向き合う。「医療現場と日常を紡ぐ、心のストーリーテラー」の姫草ユリ子。
4人部屋である患者さんの口腔ケアの準備をしていたところ、別の患者さんのところに面会者が来られた。
カーテンで仕切ってあるし、私がいることには気付いていなかったのだろう。
「ねぇ、お母さん。お願いだから死んで。私も年とって体力もないし面倒みきれない。お金もないし。お願いだから死んで。」
言われた患者さんは認知症でもう言葉も喋れない。どこまでわかっているかは不明だが、その日は1日中悲しそうな顔をしていたのは気のせいではないと思う。
私は亡くなった夫との日々を思い出していた。
余命は短いと言われていたので望むことは出来る限りできたのではないかと思っている。
気管切開をしていて話すことはできなかったのでコミュニケーションは筆談だった。
イラストしりとりなどで遊ぶこともあった。
個室だったのでゆったり過ごせたのだ。
しかしもし闘病期間が何年も何十年も続いていたら‥どこまで夫との最期の時間を慈しむことができたのだろう、と考える。
1年6ヶ月が過ぎて傷病手当金がもらえなくなったら‥障害年金を申請しても通らなくて貯金も尽きたら‥。その時仕事は配慮してもらって夜勤は免除されていたから手取り20万くらい。夜勤していない看護師の給料なんてそんなもんである。(その時で勤続11年くらい)
お金もなくて心身共に満身創痍だったら‥私も冒頭の患者さんの家族のようなことを思ってしまうのでは‥と考えたら怖い。
患者さんの最期に立ち会うことがよくある。
もう何年もお世話してこられた方の中には「正直(亡くなって)ホッとしています。体力的にも金銭的にも‥もう限界でした。」と言われる方は決して少なくない。
それを聞いて「ひどい家族だ」と思う医療者もいないだろう。血反吐を吐きそうなくらい頑張ってこられたのを知っているから。
家族の「愛」、夫婦の「愛」‥愛とは一体何なのだろう。
「愛」と聞いて思い浮かぶのは「塩狩峠」という小説である。(ちなみに三浦綾子自身がクリスチャンなため、どの小説も結構キリスト教がテーマなので宗教アレルギーな方は読まない方が良いかもしれません。)
「塩狩峠」は三浦綾子の小説で列車暴走事故の際に人命救助のために殉職した鉄道職員、永野信夫が主人公。(この事故は実話が元になっている。)
主人公の親友、吉川には脊椎カリエス、結核で長く伏せっている美しい妹「ふじ子」がいた。
生まれつき足も不自由である。
信夫は病気でありながらも強く明るく生きるふじ子に惹かれていき、吉川に「ふじ子さんをお嫁にもらえないか」と頼む。
吉川は「君の気持ちは嬉しいけど一時的な感情でふじ子のような病気の者と結婚させる訳には‥」というようなことを言って一度は断るが信夫の熱意に負け承諾する。
吉川には父がいない。ちなみに吉川と信夫が親友になるエピソードがめっちゃいい。
小学生のときにお化けはいるかいないか論争をガキ大将たちとしていて、クラスメイト何人かで夜の学校に集まろう、ということになった。夜になると大雨でひどい天気に。信夫はこんな大雨なら誰も来ないだろう、と行くのをやめようとする。が、父親から「約束だろ!行け!」と言われ渋々行くとそこには吉川の姿が。吉川はサラッと「約束だからね。」と言う。信夫が「他の奴誰も来ねえじゃねぇか。」と言うと「こんな大雨だから仕方ないよ。」と吉川は言う。この日から信夫は「こいつすげえ」と一目置いている。
父親に怒られ渋々来て、来なかった者に対し悪態をつく信夫。対して、吉川は自分の意志で来てその上誰を責めることもない。
信夫じゃなくても惚れそうである。
私が「塩狩峠」を読んだのは18歳くらいのとき。(椎名林檎が、この小説のファンと言っていたのがきっかけ)
正直最初読んだ時は、「ふじ子が美しかったから信夫は惚れたんだろう」と思っていた。
ふじ子が生まれつき足が不自由で結核で脊椎カリエスでも美しかったから選ばれたのだろう、と。
実際子供の頃から知っていたが、久々に会ったときに美しい女性になっていてドキドキした、というような描写がある。
しかし‥とっかかりはそうだとしても。ふじ子が「私、こんな病気なんだから可哀想なんだから何とかしてよ!特別扱いしてよ!」というような性格だったとしたら信夫も願い下げであろう。
ただ付き合うならともかく生涯を共にするパートナーとしてふじ子を選ぶ。しかも親友が義兄になるのだから「大変だったんでやっぱり別れます」というのも難しい。
信夫のふじ子を愛する覚悟というのはやはり相当なものだったと思う。
結局、結納の日に信夫の乗った列車が塩狩峠に差し掛かる坂道で暴走し、信夫は身をレールに投げ出し列車を止め、亡くなってしまう。
ふじ子の絶望は計り知れないが、こんなに素晴らしい人が自分を愛してくれたという事実が少しは慰めてくれただろうか。
塩狩峠は愛について考える作品である。
ふじ子への「愛」
吉川への「友愛」
愚かな同僚を許す「信愛」
キリスト教への「愛」
「愛」とは非常に難しいものであるし、信夫のような人はなかなかいないと思うし私も到底なれっこないが、こういう人がいたということを時に思い出して生きていきたい。
最後に‥
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これからもゆるく書き続けたいと思います。

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