退職者が6人出た年度末。崩れかけた組織で、僕の立ち位置が変わり始めた話
2018年3月。
入社して、もうすぐ2年目に差しかかろうとしていた。
1年前は、専門用語が宇宙語に聞こえていた。
その後、新規営業で壁にぶつかり、提案書の薄さを指摘され、ワークショップ型の営業にたどり着いた。
少しずつだけど、仕事にも慣れてきた。
お客様との会話も、前よりはできるようになった。
提案の作り方も、少しずつ変わってきた。
そんなタイミングで、会社に大きな変化が起きた。
気がついたら、同じ部署から退職者が6人も出ていた。
辞めていったのは、優秀な若手たちだった
退職していったのは、僕より2〜3個年下のプロパー社員たちだった。
プロパーというのは、新卒でその会社に入って、最初からその会社で育ってきた社員のことだ。
彼らは、客観的に見ても優秀だったと思う。
頭の回転が早い。
発言もアグレッシブ。
資料作成も早い。
顧客対応もできる。
会議でも物怖じせず、自分の意見を言える。
僕から見ると、正直まぶしかった。
転職先も、総合広告代理店、外資系アドテク会社、事業会社など、いわゆる「行きたい人が多そうな会社」だった。
もちろん本人たちが実際にどう感じていたかは分からない。
でも少なくとも、外から見れば、ちゃんと評価されて、次の場所に進んでいったように見えた。
一方で、今振り返ると、僕は彼らとそこまで深い関係性を作れていなかった。
年齢は近い。
同じ営業組織にいる。
同じように忙しい日々を過ごしている。
でも、どこか距離があった。
僕は中途入社だった。
しかも、僕が入社してからしばらく新しい採用者がいなかった。
だから、自分の中にはずっと「新人感」が残っていた。
周りはプロパーで、会社の空気もよく知っている。
会議でもどんどん発言する。
上司にも普通に意見する。
その中で僕は、どこか遠慮していた。
「まだ入ったばかりだし」
「自分が言う立場じゃないかも」
「この会社の文脈を分かっていないのに、発言していいのかな」
そんなふうに思っていた。

退職理由は、ブラック企業あるあるだった
辞めていく人たちが口をそろえて言っていた退職理由は、かなり分かりやすかった。
「給料が安い」
「残業時間が長すぎる」
「営業のやることが多すぎる」
今思えば、いわゆるブラック企業あるあるだと思う。
営業なのに、営業以外の仕事も多い。
提案書も作る。
社内調整もする。
進行管理もする。
場合によっては、受注後の運用にも深く関わる。
トラブル対応もする。
夜遅くまで働く。
それでいて、給与が見合っていないと感じる。
優秀な人ほど、外の市場から声がかかる。
そして、より良い条件の会社に移っていく。
冷静に考えれば、自然な流れだったのかもしれない。
でも、当時の僕は目の前で退職が続く状況を見て、普通に不安になった。
「えっ? ウチの会社、大丈夫……?」
本当にそう思った。
1人辞める。
また1人辞める。
さらに辞める。
まるでドミノ倒しみたいに、人が抜けていく。
組織の空気も、少しずつ変わっていった。
でも同時に、「これはチャンスかもしれない」とも思った
普通に考えれば、退職者が続くのは会社にとって悪いニュースだ。
人手が足りなくなる。
業務が回らなくなる。
引き継ぎが発生する。
残された人の負荷が増える。
組織の士気も下がる。
だから、不安がなかったと言えば嘘になる。
でも、その一方で、僕は少しだけ違うことも考えていた。
これは、自分の立ち位置を変えるチャンスかもしれない。
それまで僕は、どこか遠慮していた。
中途組。
まだ新人感がある。
周りは優秀なプロパー。
自分より会社のことを分かっている人たちがたくさんいる。
だから、発言をためらうことが多かった。
でも、その人たちが一気に抜けていった。
当然、担当顧客も空く。
役割も空く。
チームの中で、誰かがやらなければいけない仕事も増える。
そこで僕は、担当してみたい既存顧客を選ばせてもらった。
今までは、どちらかというと与えられた仕事をこなす感覚が強かった。
でも、この時は少し違った。
「この顧客を担当してみたいです」
「この領域に関わりたいです」
自分から手を挙げることができた。
これは、僕にとってかなり大きな変化だった。
退職者が続く環境で、残された人間に起きること
ここで少し整理したい。
退職者が続く状況は、会社にとっては明らかにリスクだ。
特に優秀な人が抜けていく場合、組織としては痛い。
でも、残された人間にとっては、必ずしもマイナスだけではない。
僕はこの時、初めてそれを実感した。
※この状態は、言うならば**「組織の空白による役割拡張」**だと思う。
誰かが退職すると、その人が担っていた顧客、業務、発言権、意思決定への関与、社内での存在感が一時的に空白になる。その空白を誰が埋めるのかによって、残された人の役割は大きく変わる。会社にとっては痛みを伴う状態だが、個人にとっては、これまで回ってこなかった仕事や責任、発言機会が回ってくるタイミングでもある。
少し乱暴に言えば、退職者が出ることで、組織の席が空く。
もちろん、椅子取りゲームのように単純な話ではない。
人が辞めた分、残された人に負荷がかかる。
無理に背負えば潰れる可能性もある。
でも一方で、役割が空くことで、今まで埋もれていた人に光が当たることもある。
それまで発言権が強かった人がいなくなる。
特定の顧客を担当していた人がいなくなる。
チームを引っ張っていた人がいなくなる。
すると、組織は再配置を迫られる。
誰がその顧客を見るのか。
誰がその案件を引き継ぐのか。
誰が会議で意見を出すのか。
誰がチームの方向性を考えるのか。
その時に、手を挙げられるかどうか。
ここが、残された側にとって大きな分岐点になる。
組織のリビルディングを間近で見た
退職が続いたことで、組織は一度崩れかけた。
でも、崩れたままでは仕事は回らない。
そこから、チームの再立ち上げが始まった。
担当顧客の再配置。
業務分担の見直し。
会議体の調整。
既存顧客へのフォロー。
新しい営業方針の整理。
いわゆる、組織のリビルディングだった。
僕はその過程を、かなり近い距離で見ることができた。
今までは、完成された組織の中で、自分がどう動くかを考えていた。
でもこの時は、組織そのものが組み直されていく場面だった。
これは、とても貴重な経験だったと思う。
誰が何を担当するのか。
どの顧客を優先するのか。
どこにリソースをかけるのか。
誰が前に出るのか。
組織は、自然に回っているように見えて、実は人の配置と役割で大きく変わる。
そのことを、リアルに感じた。
僕は、少しずつ発言できるようになった
退職者が続いたことで、僕自身の立ち位置も変わった。
今まで遠慮していた会議でも、少しずつ発言できるようになった。

もちろん、急に堂々と話せるようになったわけではない。
最初は、かなり恐る恐るだった。
「この顧客は、こういう進め方の方がいいと思います」
「この案件は、提案前にもう少し整理した方がいいと思います」
「この体制だと、受注後にズレが出るかもしれません」
そんなふうに、少しずつ自分の考えを出すようになった。
すると、不思議なことに、周りもちゃんと聞いてくれた。
「あれ、言ってもいいんだ」
「自分の意見にも意味があるんだ」
そう思えるようになった。
中途入社だから。
プロパーじゃないから。
まだ社歴が浅いから。
そうやって自分で勝手に引いていた線が、少しずつ薄くなっていった。
残ることにも、戦い方がある
退職していった人たちは、きっとそれぞれの判断で次に進んだ。
それは正しい選択だったと思う。
給料が安い。
残業が長い。
営業の仕事が多すぎる。
そう感じて、より良い環境に移るのは自然なことだ。
でも一方で、残る側にも戦い方がある。
辞める人がいる。
組織が揺れる。
顧客が空く。
役割が空く。
発言機会が増える。
その時に、ただ不安がるだけでなく、
「自分はどの役割を取りにいくのか」
「どの顧客を担当したいのか」
「どこで存在感を出すのか」
「この組織の中で、どう価値を出すのか」
を考える。
それができれば、退職者が続く環境も、自分にとっては転機になることがある。
もちろん、これは「どんなブラック環境でも残れ」という話ではない。
心身を壊してまで残る必要はない。
環境が悪すぎるなら、逃げることも大事だ。
優秀な人が辞めていく会社には、やはり問題がある。
でも、もし自分がまだ残ると決めたなら。
その場所で何を取りにいくのかを考えることは、かなり大事だと思う。
崩れかけた組織で、僕はようやく“新人”を抜け出した

あの年度末を境に、僕は少しずつ変わった。
担当したい顧客を持てるようになった。
会議で発言できるようになった。
組織の再立ち上げを近くで見られた。
自分の役割を、自分で取りにいく感覚が少し分かった。
それまでの僕は、どこかずっと新人のような気持ちでいた。
中途なのに新人。
営業経験はあるのに自信がない。
周りのプロパーに遠慮して、発言をためらう。
でも、退職者が続き、組織が揺れたことで、自分の中の立ち位置も揺さぶられた。
そして結果的に、少し前に出ることができた。
退職者が続く環境は、決して良いことばかりではない。
むしろ会社としては、かなり危ないサインだと思う。
でも、残された人間にとっては、そこに新しい役割が生まれることもある。
誰かが抜けた穴を、ただ埋めるだけではない。
その穴をきっかけに、自分の役割を広げることもできる。
2018年3月。
あの年度末は、僕にとって、組織の怖さを知った時期でもあり、同時に、自分の立ち位置が変わり始めた時期でもあった。
辞めていく人たちを見て、不安になった。
会社の未来にも疑問を持った。
でも同時に、思った。
この状況で、自分は何を取りにいけるだろう。
今振り返ると、その問いを持てたことが、僕にとって大きな転機だったのかもしれない。
