久しぶり、が少しだけ怖いという話

学生時代の友人や同級生に、ふと街で出会ったとき。
「久しぶり、元気だった?」と声をかけられる人がいます。
あるいは、自分から自然に声をかけられる人もいます。
私は、そのどちらも少し苦手です。
「久しぶり」という言葉に弱いと言うのでしょうか。
懐かしさよりも、気まずさが先に立ってしまいます。
学生時代の私は、影が薄いと言われても仕方ないような存在でした。
友達は多くなく、特定の人とだけ過ごすか、一人でいることがほとんど。
いわゆる“陰キャ”で、“コミュ障”で、HSP気質もあって、賑やかな輪の中に入るのが得意ではありませんでした。
だからなのか、今になって突然声をかけられると、どう対応していいのか分からなくなるのです。
相手がキラキラした人生を歩んでいるように見えると、つい自分を比べてしまうこともあります。
■ エピソード①:思い出したくない再会
帰省したとき、かつて私をいじってきた同級生が仲間を連れて家の前を通りかかりました。
軽く会釈をしただけなのに、「挨拶ないのか」と冗談めかして言われ、最後には暴言まで吐かれました。
あれは、できれば思い出したくない記憶です。
「久しぶり」が怖くなる理由のひとつでもあります。
■ エピソード②:勇気を出してくれた再会
逆に、胸が温かくなる再会もありました。
散歩中に「もしかして」と声をかけてくれた同級生がいたのです。
その人は「前に見かけたけれど声をかけられなかった。でも今日は勇気を出してみた」と言ってくれました。
その一言に、私の心の奥がふっとほどけるような感覚がありました。
■ エピソード③:声をかけられなかった再会
高校の同級生を飲食店で見かけたこともあります。
後輩らしき人たちと楽しそうに談笑していて、その輪の中に入る勇気が出ませんでした。
後の同窓会でその話をしたら、「水臭いな、声をかけてくれればよかったのに」と笑われました。
あの時、少しだけ勇気を出せていたらと思います。
■ そして今の私
先日、実家近くのスーパーで中学時代の友人らしき人を見かけました。
声をかけようか迷ったものの、違う人だったらどうしよう、忙しそうだし、もう忘れたい過去かもしれない……と考えてしまい、結局声をかけられませんでした。
もし勇気を出して声をかけて、もし相手が私を覚えていてくれたとしても。
別れたあとに「なんであんなこと言ったんだろう」と一人反省会が始まるのは、きっと目に見えています。
■ それでも、少しだけ前へ
「久しぶり」と声をかけることは、ほんの数秒の出来事です。
でも、その瞬間はその時にしか訪れません。

怖さもあるけれど、いつかはもう少し勇気を出して、自分から声をかけられるようになりたい。
どんな人にも、そっと笑顔を向けられる自分でありたい。
そのために、自分という土をゆっくり耕すように、少しずつ育てていけたらと思っています。

