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「映画に育てられた子ども時代」(前編)

棚にはいつも映画の本や雑誌、お気に入りのVHSテープが積まれていました。
誰が整えたわけでもないのに、それは物心ついた頃から「そこにあるもの」でした。
映画好きの家族に囲まれ、気づいたときにはもう、映画は生活の一部になっていたのです。

人生初映画

自分が最初に映画館へ足を運んだのはいつだったでしょうか。
その記憶だけは、今でも鮮明に残っています。
小学校1年生のとき、スピルバーグの『E.T.』が公開されました。
どうしても観たくて母に無理を言い、姉と三人で映画館まで連れて行ってもらいました。
長い列に並んだ緊張感、開演前の胸の高鳴り——そのすべてを、今も覚えています。

映画館へ向かう前、母と交わした約束はひとつだけでした。
「途中ではしゃいだり騒いだりしないこと」。
子どもが2時間以上じっと座っていられるはずがない、と自分でも思います。
それでも、あの作品の力にすっかり引き込まれ、私は最後まで静かにスクリーンを見つめていました。

その後も『南極物語』や『ネバーエンディング・ストーリー』を観に行った記憶があります。
もちろん「東映まんがまつり」も、子どもにとっては特別なイベントでした。
映画館に行く日は、それだけで一日の主役でした。


中学の時と映画

中学生になると、テレビでは映画を放映する番組がたくさんありました。「洋画劇場」と銘打ちながら邦画や中国映画が流れることもあり、今思えば少し不思議な編成でした。CMで内容がぶつ切りにされることもありましたが、好きな映画が放送される日はビデオに録画し、擦り切れるほど繰り返し観ていました。

友達と映画館へ行くことも、レンタルショップで映画を借りることも増えていきました。
ただ、当時は心から感動できる映画には、なかなか出会えませんでした。
派手なアクションや暴力描写ばかりが目立ち、周りにはその動きを真似て見せる人たちもいました。
そうした空気を横目に見ながら、いつの間にか映画への熱は少しずつ冷めていきました。

そんな中学卒業間近のある夜、親の持ち物だった「昔の映画のテーマ曲集」を何気なく再生しました。
流れてきたのは、聴いたことのないはずなのに、なぜか懐かしいメロディでした。
それをきっかけに、古い映画への興味が一気に芽生えました。
親に当時の映画の話をせがむうちに、時代を越えて色褪せない作品の魅力に、どんどん惹きつけられていきました。
古い映画のはずなのに、懐かしさよりもむしろ新鮮さを感じたのが、自分でも不思議でした。

古い映画に魅せられたあの頃

なけなしのお金で古い映画をレンタルし、図書館でレーザーディスクを借りて観る日々が続きました。
高校時代、仲間と映画の話になったとき、つい古い映画について熱弁してしまい、気づけば周りが少し引いていたこともあります。
それでも、その中に共感してくれる人が少なからずいたのは救いでした。

好きなことを語るとき、人はどうしても周りが見えなくなるものです。
あの頃の私は、もう少し自重すればよかったのかもしれません。
それでも、一部のコアな仲間との映画談義は、形を変えながらその後も何度か続いていきました。

あの頃夢中で語り合った映画たちは、今の自分の物の見方や考え方の土台になっています。
そう考えると、私は本当に「映画に育てられた」のかもしれません。

お読みいただきありがとうございます

(後編に続きます)

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