#1 パパ、いんせーなるって。パパ、いんせーになる
○月×日
「いんせーになる」
その言葉が、
どこからか聞こえた気がした。
たぶん、
心の中の自分が言った。
人生34ターン目。(当時)
いちおう社会人。
いちおう父親。
いちおう大人。
仕事もある。
家庭もある。
娘はかわいい。
ちゃんと生きている。
はずだった。
でも、ときどき思う。
「このままでいいのか?」
その声は、
昼間は聞こえない。
仕事をして、
ごはんを食べて、
子どもを風呂に入れて、
寝かしつけて。
全部終わった夜にだけ、
少し大きくなる。
まだ30年くらい働くらしい。
……長い。
「人生一度きり」
誰かが言っていた。
誰だったかは覚えていない。
でも、
その言葉だけは、
妙に残っていた。
…待て。
俺、
家族いるじゃん。
勢いだけで動ける年齢じゃない。
学費だってかかる。
時間もない。
そもそも、
「いんせーってなに?」
と娘に聞かれても、
うまく説明できる自信がなかった。
それでも
心の中の自分は、
もう一度言った。
「いんせーになる」
……了解。
こうして俺は、
大学院を目指すことになった。
そのきっかけは、
もう少し前の話になる。
(たぶん、つづく)
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