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地下鉄サリン事件を防げなかったオールドメディアの「不作為の罪」——松本サリン事件から地続きの報道犯罪を総掘りする

1994年6月27日、長野県松本市の平穏な住宅街を襲った「松本サリン事件」。化学兵器であるサリンが一般社会で使用された世界初の無差別大量殺人テロ事件ですが、この悲劇にはもう一つの、決して忘れてはならない側面があります。

それは、長野県警察の無能な見込み捜査に盲従し、一人の無実の被害者を社会的に抹殺しようとした、オールドメディアによる「報道犯罪」です。

そして何より恐ろしい本質は、「もし松本サリン事件がまともに捜査・報道されていたら、翌年の地下鉄サリン事件は起こっていなかった」という事実です。オールドメディアの発狂と機能不全は、一人の市民の人生を破壊しただけでなく、次の未曾有のテロを野放しにする「最悪の隠れ蓑」を提供しました。

現代は「デジタルタトゥー」の時代です。「時が経てば大衆は忘れる」というオールドメディアの傲慢を許さず、加害者となった報道機関の実名とその構造的犯罪性を徹底的に告発します。


1. 思考停止の「大政翼賛」報道:河野氏を犯人視したオールドメディアの実名

事件直後、警察は「第一通報者が怪しい」という古典的かつ無能な見込み捜査を開始。河野義行氏の自宅から農薬や化学薬品が押収された段階で、科学的検証をすべて放棄し、「農薬を調合してサリンを作った」という全く不可能なストーリーをでっち上げました。

市販の農薬からサリンを合成することなど科学的に絶対に不可能であるという専門家の指摘があったにもかかわらず、日本の主要メディアは一切の疑問を差し挟むことなく、一斉に「河野犯人説」を狂ったように報じ始めたのです。当時、この人権蹂躙に加担したオールドメディアは以下の通りです。

【テレビ局】ワイドショーとニュースによる「公開処刑」

  • TBS(東京放送):夕方の看板ニュース番組『JNNニュースの森』をはじめ、ワイドショーなどで河野氏への疑惑を執拗に追及。のちに「坂本弁護士ビデオ問題」というオウム真理教への加害加担も発覚する、当時の偏向・狂乱報道の筆頭格。令和の今でも偏向報道界の不滅の四番バッター。

  • 日本放送協会(NHK):公共放送でありながら、警察のリーク情報を無批判に垂れ流し、国家権力の広報機関へと成り下がった。

  • 日本テレビ、フジテレビ、テレビ朝日:連日、ワイドショーで「犯行の手口」や「自宅の構造」を専門家に解説させ、視聴者に「河野氏=犯人」という強い認知バイアスを植え付けた。

【新聞社・地方紙】文字による社会的抹殺

  • 朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、産経新聞、日本経済新聞:全国紙5社すべてが横並びで、河野氏の自宅アパートの家宅捜索をセンセーショナルに報道。夕刊のコラム等でも、河野氏を指弾する論調を展開した。

  • 信濃毎日新聞:地元の有力地方紙でありながら、地域社会における河野氏の孤立を決定づける執拗な犯人視報道を主導した。

【出版社・週刊誌】プライバシーの徹底的な破壊

  • 文藝春秋(『週刊文春』)、新潮社(『週刊新潮』)、講談社(『週刊現代』『フライデー』)、小学館(『週刊ポスト』『サピオ』)、集英社(『週刊明星』※当時):週刊誌メディアは、新聞やテレビ以上に過激な「毒物マニアの素顔」「隣人が見た怪しい行動」といった悪質な見出しを掲げ、河野氏の過去の経歴や家族のプライバシーまでをも暴き立てる「ペンによる私刑」を容赦なく行いました。

2. なぜメディアの失敗が「地下鉄サリン事件」を招いたのか

松本サリン事件における警察の無能とオールドメディアの思考停止は、結果としてオウム真理教にサリン製造を継続させるための「時間的猶予」と「完璧な隠れ蓑」を与えてしまいました。まともな捜査・報道が行われていれば、歴史は確実に変わっていました。

① 科学的検証の無視

もしメディアが警察のリークを鵜呑みにせず、「農薬からサリンを作るのは不可能」という専門家の声を真摯に報道していれば、捜査の目は初期の段階で「高度な化学プラントを持ち、サリンを大量合成できる組織」へと向けられていたはずです。実際に教団は山梨県上九一色村の「第7サティアン」でサリンを密造しており、まともな報道が警察の軌道修正を促していれば、地下鉄サリン事件の前に製造設備が摘発されていた可能性は極めて高いと言えます。

② 上九一色村の「異臭騒ぎ」との連動の遅れ

松本サリン事件の直後(1994年7月)、オウムの拠点があった上九一色村で住民から「異臭がする」「付近の植物が枯れている」という通報があり、サリンの残留物が検出されていました。松本で「サリンは高度な設備でしか作れない」という前提の報道がなされていれば、この異臭騒ぎと松本の事件は即座に結びつき、1994年夏〜秋の時点で教団への大規模な家宅捜索が行われていたはずです。そうなっていれば、1995年3月の地下鉄サリン事件はおろか、その間の数々の拉致・殺人事件も未然に防げていたはずなのです。

国家権力の暴走や誤りをチェックするというオールドメディアの本質的な機能を放棄し、横並びのスクープ合戦に走ったオールドメディアは、「その後のさらなる大量殺人を防げなかった」という極めて重い不作為の罪を背負っています。

3. 「どのツラを下げて」政界に居座るのか:杉尾秀哉氏とTBSの罪

1995年、地下鉄サリン事件の発生と教団への強制捜査によって河野氏の潔白が完全に証明された瞬間、オールドメディア各社は一転して手のひらを返し、アリバイ的な「おわび」や謝罪番組を放映して幕引きを強引に図りました。それでもなお令和の今でも謝罪をせずスルーしまくるメディアもありましたが。

しかし手のひらを返し土下座しても、奪われた時間、重体となった妻を看病しながら浴びせられ続けた言葉の刃が消えるわけではありません。

とりわけ悪質なのは、当時TBSの『JNNニュースの森』でメインキャスターとして前線に立ち、世論を「河野犯人視」へと誘導していた中心人物である杉尾秀哉氏のその後の身の振り方です。

同氏はTBSを退社後、あろうことか報道被害の現場である長野県選挙区から立候補し、現在は立憲民主党所属の参議院議員として政界に居座っています。被害者である河野氏が直接の謝罪を受け入れたという事実があるにせよ、これほど凄惨な報道加害と、結果として次のテロを抑止できなかった報道機関の当事者が、公職に就き、国会で「人権」や「正義」とやらを語っている現実に対し、世間から「どのツラを下げて政治家をやっているのか」という激しい怒りと不信感が噴出するのは当然の帰結なのです。

結論:デジタルタトゥーの時代、私たちは「永遠の監視者」となる

かつてのオールドメディアは、情報の独占権を握っていました。彼らにとって、都合の悪い過去や誤報は「時間が経てば大衆は忘れる」「一度謝罪文を載せればチャラになる」という特権階級の驕りがあったはずです。

しかし、時代は完全に変わりました。現代は「デジタルタトゥー」の時代です。

彼らが犯した「報道犯罪」の歴史、具体的な記事、偏向した放送内容、そして加害者たちの実名は、ネットの海に半永久的にアーカイブされ、いつでも、誰でも瞬時にアクセスできます。この投稿のようにその日が巡れば、繰り返し繰り返し旧悪を晒す人間が現れます。
どれだけ時間が経とうとも、その罪を消去することは不可能です。

警察の発表を無批判に鵜呑みにし、横並びで狂乱するオールドメディアの構造的な体質は、SNS全盛の現代においても形を変えて今なお生き続けています。権力を持ったオールドメディアの暴走を止める唯一の方法は、私たち市民が「彼らの犯した過去の罪と、その結果引き起こされた大惨事を絶対に忘れないこと」です。

デジタルタトゥーとして残り続ける不都合な真実を直視し、原因を作った連中の責任を永遠に監視し続けること。それこそが、現代社会における最大の抑止力なのです。



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