神さんの一言㊱「同じ努力をするのなら・・・」
「同じ努力をするのなら、幸せになる努力をすればいいのに」
「今の苦境から抜け出すにはどうしたらいいか」という相談を受ける時があります。そういう時に神さんは少し時間がかかっても心も状況も軽くなるようにアドバイスをされるのですが、多くの方が「すぐに現状が少し普通になる方法が知りたい」と拒否されます。そんな時に神さんは上の言葉を言われます。
実際のところ「不幸を避ける努力」と「幸せになる努力」には労力の差はありません。受け取り方の違いによりその努力の大きさが変わってしまっているだけだったりするのです。
時代の流れでほしいものや情報はすぐに手に入るようになり、人の胆力はものすごく落ちてしまい簡単に「楽」という言葉にほだされるようになってしまいました。何事もすぐに結果が出ないものは「ダメなもの」として扱ってしまう癖がついてしまった結果、しっかりとした「幸せになるための努力」をすることをやめてしまい「不幸を避けるための努力」しかしなくなってしまいました。不幸を避けるための努力はほぼほぼ手前味噌な「効力の薄い努力」なので、本質にある「手間や面倒を避ける気持ち」が消えない限り現状は元に戻ってしまいます。対して幸せになるための努力は時間がかかりますが「効力が長続きする努力」なので、一度手にすることができれば現状が大きく悪くなることはありません。
では、幸せになる努力と不幸を避ける努力はどう違うかをお話します。
不幸を避ける努力は、努力をしているフリだけなので努力はしません。現状の嫌なことから目線を逸らすだけなので、元の場所に戻れば現状が変わっておらず心が落ち込むという堂々巡りをしないといけない無駄な努力だと思ってください。
幸せになる努力は、現状の面倒や手間や嫌なことなどを「思考を変え受け入れること」を努力するので最初のうちは時間やストレスはかかるかもしれないですが、受け入れることができれば面倒や手間や嫌なことは「消えてしまう」のでずっと心が穏やかに暮らせるようになります。
二つの努力の差を読まれてどちらが有用な努力かは一目瞭然だと思いますが、だからといってすぐに幸せになる努力ができる人は少ないと思います。神さんもそれで普通だと言われます。最初からすべてをやろうとしても気がついてこないので、
「ゆっくりやればいい」
とも神さんは言われます。
努力をする際に大事なことは「現状の原因と向き合うこと」なではないかと思います。その原因と向き合い自分の距離感をどうするかを考えることが、幸せになるための努力ではないかと僕は感じています。自分なりの距離感が見つかれば様々な場面でその距離感を上下左右軸を動かして対応できるので、何事にも心が大きく揺さぶられずに生活ができるようになるのだと思います。
よく世間で言われる「軸」や「自信」とは、もしかしたら幸せになるための努力から生まれるのではないかとこれを書きながら思ってしまいました。
