[第七食: 羌(キョウ)族①] 四千年前の古代ヌードルを探せ!
中国少数民族のヌードル探索を再開。
そこには、未だ日本で紹介されていない謎めいた
ヌードルがあふれていた!!
世界人口5分の1を占める漢民族。中国は漢族と
少数55民族で構成されている。
漢族は、漢王朝(BC206~)以降の民族名称で、
それ以前は、様々な民族が群雄割拠していた。
漢族の源は、周朝以前に黄河中流域を治めていた
遊牧民『華夏族』といわれる。中華文明の礎を築
いた周王朝皇帝たちも華夏族だ。
そして周朝皇帝たちは正妻を『古羌族』から迎え
入れており、華夏族と古羌族が漢民族のルーツと
されている。
周朝以降この遊牧民と南方民族との融合が続く。
東漢(AC25年~)、草原の覇者匈奴が中原の人たち
を漢族と呼ぶようになり、漢族が民族名として使
われるようになる。
メン、ビーフンは、漢族が創り出したとされる。
麺の起源は、記録が残る東漢を発祥年代としてい
たが、2005年科学雑誌ネイチャーに中国科学院の
『青海省喇(ラ)家遺跡出土、四千年前の麺』
と題した論文が発表された。
メン好きには衝撃的な発見で、チベットに隣接す
る青海省の遺跡から、『古代麺の化石』が当時の
麺の姿そのままで、現世に現れたのである。
化石の年代測定は4300年前。麺の起源が東漢時代
から、なんと、二千年も遡ることになった。

一瞬にして封じ込まれた。(青海省喇家遺跡博物館展示)
論文では麺の材料分析と復元した生麺もみること
ができる。
化石の分析により、麺にはアワ、キビが使われ、
表面が滑らなことから押し出す製麺方法(トコロ
テン方式)で作られていたと解説している。

ネイチャー誌にラーメンが載るのは、
後にも先にもコレだけだろう。
写真の押し出し機は現在のメン屋で使われるものと同じ
(中国科学院の論文から引用)
この発見により、麺は漢族の中原から西方に伝播
とされていたものが逆方向になり、異民族の西域
から中原の漢族に伝わったことになってしまう。
この発見以降、識者たちは誰も麺の伝播ルートを
語らなくなってしまった。
また化石麺は小麦ではなかったので今のヌードル
分類でいうと『押し出しビーフン』になる。
また論文では、メン化石が発見された位置から
麺は祭壇で祭祀に使われていたと言及している。
喇家遺跡の場所と当時の民族分布を調べてみた。
どんな民族が、ビーフンを神に捧げる儀式を執り
行っていたのだろう。
史書『詩地理考』によると、この時代の遺跡周辺
の畳州、宕州、松州は古羌族の地と述べている。
この三州は、喇家遺跡とは黄河を隔て近い。
また年代的には、紀元前二千年頃は、夏王朝時代
であった。

夏王朝の大規模遺跡は、日本人旅行者も多い洛陽
近郊の二里頭で発見され、この場所が第一王朝で
あったかどうかを調査、特定中。
夏王朝の開国君子の禹(ウ)王は、古羌族とされて
いる。(現在の少数民族・羌族の祖先)
すなわち、喇家遺跡の古代祭祀ビーフンは、
『古羌族の地から出土し、時代的には夏王朝』
であった。
その後、古羌族は殷、周、春秋戦国時代を経て、
秦の始皇帝に、定住地から南方に追いやられる。
現在は少数民族の羌族として、四川の山岳地帯で
ひっそりと暮らす。

阿坝藏族羌族自治州と綿陽市北川羌族自治県。
羌族のバックグラウンドの話が長くなったが、
羌族古代ビーフン探索の上で、どうしても必要
な情報。さて、いよいよ、
羌族の古代ヌードル探索のスタートだぁ!!
「現在の少数民族羌族の暮らしの中に、遺跡から
出た古代ビーフンの痕跡は、ないのだろうか?」
歴史学者も民族学者も、そっぽを向いているこの
古代ヌードルの探索に、ヌードルハンターは無謀
にも挑むことにした。
まずは、成都の北60キロに位置する都江堰に宿を
とり翌朝からの四川省北部へのメン旅に備えた。
このあたりでは、『押し出し蕎麦』が名物だ。

店の押し出し麺の工具は自動ではなく木製の手動。
底に穴を空けた筒に生地を入れテコの原理で押し出す
都江堰は観光の宝庫で、パンダ飼育基地(60頭)や
世界遺産の古代灌漑施設など人気観光地が多い。
これらの名所には目もくれず羌族自治県を一直線
に目指した。
都江堰から高速道路に入り、1時間続くトンネル
を抜けると、そこは羌族の中心地区、汶川県だ。

汶川県、理県、茂県一帯は、羌族自治の土地。
また、汶川が喇家遺跡の古代ビーフンと同時代に
栄えた夏王朝開祖・禹王の生誕地とされている。
羌族の村々には独特の建造物がある。石板を積み
上げた『碉楼』と呼ばれるのろし台が天を突く。
羌族自治県に入ると道路脇の村々にこの塔が見え
なんとも異様な光景だ。

碉楼は史書後漢書にも記載されている羌族特有の
塔で、紀元前から続く建造物のようだ。戦いから
村を守るための烽火(のろし)による情報伝達塔で
防御性のある家屋としても使われていたという。
それが今も羌族の村の象徴として残されている。
夏王朝禹王の故郷・汶川は、もう目の前だ!!
➡次回、現在に残る古羌族の押し出しビーフンを
探し出すことができたのか?
