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母とコロッケと御家老の遠い縁?

今回は、数年前に書いたエッセイをお届けします

先に書いてしまうのもなんですが、今回出てくる、岩国・吉川家の水落家という家臣は、岩国徴古館の元館長の宮田伊津美さんに調べてもらったところ、家老というレベルの大きさではないよ、と文書をいろいろコピーもされていただきました。しかし、わが母は記憶を頼りに譲りませんでした。個人的に調べてみると、どうやら「水落簡」さんという実業家で政治家の方がおられたようで、この方の足跡を調べたくなった天地成行です。水落簡さんのWIKI。https://ja.wikipedia.org/wiki/水落簡

それではどうぞ

母とコロッケと御家老の遠い縁

「うちの家系で吉川家の家老の水落家に嫁いだ叔母がいたでしょ? 代々家老だから錦帯橋の近くにお墓があるみたい。探してみようよ」


精神科入院二週間ほど前に母が、高ぶる精神状態の私の気持ちを落ち着けるのに必死に考えたリフレッシュ旅の提案。私はこの頃、勝手口で片手にたばこ、片手にお香のスティックタイプを持って、なにかを思い立つと、母に矢継ぎ早にだだだだーっと何かを口走っていた。

2022年、わたしの48歳の誕生日を迎えようと泊りがけで、母と岩国へ向かった。水落家の関係で何か企画して行動するということは、ほとんどなかった母と、ふわっとした道中のJR岩徳線。まず、錦帯橋を望むレストランで岩国寿司を二人で食す。レンコンこそ岩国らしいものの、ほかの具材の春菊やシイタケ、錦糸卵などを見て、春はお花見、秋は運動会、新年と家族で食べ親しんだとタクシーで聴いた、岩国の人の豊かなその食文化に、「決して突出したブランドが全部そろわなくたっていいんよね」と母。私は「周南にはそういうのがなくて残念だよね」と応じた。まだそういう話は、かろうじてかみ合っていた。

食べ終わって錦帯橋へ。80歳を超える母を先に歩かせて、後ろから写真を撮る。「母といるときだけ、母と二人でどこかへ旅しているときだけ、自分が落ち着く」そんな時だった。二週間前の母の誕生日には出雲地方へ。何かを急いでいた「師走」の母子。

橋を渡って、土産物売り場へ行った。母は「レンコンコロッケ」に目を奪われて、「これにしよ。あんたどれにする? 二個いる?」となんだか嬉しそう。二人で岩国城を見上げながら、快晴の空へコロッケを頬張った。「観光地値段」にぶつくさ言うも満足げな母は「吉川家家老のお墓は一か所にあるかもね」と高齢らしからぬ腰をベンチから上げて動き出しついて行った。母も私の精神状態とどう向き合うか悩みながら、無理してリードしてくれていたと推察する。

吉川家墓所には辿り着いた。しかし、家老の中の水落家という確固たるお墓は見当たらなくて、二人で残念に思い、「時代屋」という店に入る。その中に、錦帯橋の柱の建て替えの一部が飾ってあった。店主からいろいろ話を伺ったが忘れてしまった。

岩国市内のホテルで、12月13日に48歳を迎えた私は、夜中を通して起きていて、思い出したどうでもよいことを母に話しかけつづけた。母はとても全てを相手しきれず、その間は水を飲み、たばこをふかし続け、ついに翌朝のモーニングカレーをぶつぶつ何か言いながら食べ終わった瞬間に「どわー」っと全てを話終わり人目をはばからず大号泣した。26日に八年ぶりに精神科に再入院した。


こころとからだと御縁を大切に、天地成行でした。

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天地成行(てんち・なりゆき)|祝祭編集者。語りと祈りの編集者 障害厚生年金の生活です。制度の外におり、年齢もとり、社会のレールに乗ることが難しいため、noteの活動を頑張ってます。みなさんの「浄財」をお待ちしていますm(__)m