見出し画像

閑話休題「独り暮らしの矜持」

最近は熟年離婚も珍しくなくなりましたし、私自身も熟年離婚をした一人です。

若い世代と違って何十年も連れ添ったあげくに離婚に踏み切るのはとても勇気がいりますし、考える事も多いのが現実です。

私の場合、結婚して数年後には離婚について考え始めましたがその時すでに子供がいましたので中々踏み切れずにいました。

ギクシャクしていた夫婦仲も子供が成長する過程でお互い親としての自覚も育ってきたせいか、いつのまにか普通の夫婦の様に仲良くする時間も増え、それなりにうまくいっていました。

ところが三人いる子供が全て自立して家を出て行く状況になった時、どうしても妻と二人で過ごす老後にポジティブなイメージを持てない自分に気づいてしまいました。

妻の性格を考えた時に、離婚を考えていると一言でも言おう物なら何が起こるか分からないと思いましたので、妻には辛いだろうと思いましたが、全て準備を調えた上で突然家を出る方法を選びました。

以来、狭い団地の一室で独り暮らしを始めてそろそろ丸六年が経とうとしています。

独り暮らしを始めた当初は、毎日の暮らしがとても新鮮で刺激的だった反面、ふとした瞬間に言いようのない寂しさを感じたこともありました。

今まで過ごしてきた当たり前の日常には、常に別れた妻がいたことにようやく気づいた瞬間でした。

しかしそうした寂しさもいつしか感じなくなり、逆に独りでいられることが自分にとってはとてもありがたく得がたい時間だと思えるようになりました。

家族と同居していた頃と一番の違いは、常に気分が安定している事でしょうか。

外的な要因で感情が乱されることがないので、いつも上機嫌とまでは行きませんが、それなりに気分も感情も安定した毎日を過ごせています。

独りになって始めの頃は縁があれば彼女が欲しいななどと考えていましたが、今はそんな気もなくなってしまいました。

もちろん何か運命的な出会いがあれば、それを否定するつもりはありませんが、それよりも毎日の精神的な安定の方が大切に思えるようになってしまいました。

つまり恋愛という刺激よりも日々の暮らし一つ一つを丁寧に生きるとでもいいましょうか。

そうした時間の積み重ねこそが、私の残された時間の中で最も重要に思えてきたという事です。

そんな平凡で当たり前の日常を一つ一つ丁寧に噛みしめながら暮らしていると、ふとした瞬間に家族と暮らしていた頃の光景が突然脳裏に蘇ることもあります。

しかしその瞬間に出てくる感情は寂しさではなく虚しさでもありません。

ただ家族として一緒にいてくれた事への感謝と懐かしく温かい感情が胸の奥に流れます。

独り暮らしとは、そうした思いがけない自分の内面を知るための旅路でもあるのだなと、最近思うようになりました。

*おうち習い事アプリミルームの動画教室はこちら
一家団らんの食卓で味わう 手軽で美味しい介護食講座


いいなと思ったら応援しよう!

中嶋洋二郎 終わりの見えない介護生活を少しでも楽しく!美味しいものがあればそれで幸せ。そんな活動をしていきます。サポート大歓迎です。