《ショートショート》もうすぐ春ですね(583字)
「うわあ、すごい行列」
今日発売の「春眠フラペチーノ」目当てに朋子とカフェに行ったら、既に大行列ができていた。
二人なら待ち時間も退屈しないだろうと、揃って最後尾に並ぶ。
「うわ、何あれ」
朋子が指差す方を見ると、男が一人、前方で割り込むのが見えた。
皆不快そうな顔をしているが、いかにも柄の悪い服装とサングラスの男に注意する者は誰もいない。
「ずるいね」
私たちもそう囁き合うが、やはり物申す勇気はなかった。
周囲に不穏な空気が立ち込める。
その時。
「うわっ!」
突然、春一番が吹いた。
皆が帽子や本のページを押さえる中、男が持っていた一万円札が、空高く舞い上がる。
それは隣のビルの屋上まで届こうかという勢いで、男は最初ポカンとして眺めていたが、やがて我に返り、必死の形相で追いかけ始めた。
皆が息を詰めて見守る。
一万円札は高度を上げたり下げたり、四方八方にヒラヒラしたりと散々男を翻弄した挙句、歩道の真ん中に着地した。
直後、女子高生のローファーが無慈悲にも踏んづけてゆく。
男は悲壮な顔で紙幣を取り上げ、こちらを見やった。列のほぼ全員の注目を浴びていたことに気づくと、バツが悪そうに去ってゆく。
皆しばらく黙っていたが、やがて、思い思いに喋り始めた。
「聡美、これは『春眠』じゃないね」
朋子が、いかにもいいことを思いついた、というような顔で、私に話しかける。
「『人民、落ち着きを覚える』だね」
初めて、2種類の企画を1つにまとめてみました。
「ずるいね」
・屋上
・春一番
・ローファー
・春眠フラペチーノ
