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七社神社 その2 そこに歴史あり

セリです。

ご覧になって頂き、ありがとうございます。
※龍神様→人についていない
 りゅうちゃん→私と暮らしている龍神様

今日は、「七社神社 その2 そこに歴史あり」です。


旧一本杉神明宮社

神明鳥居

実は、七社神社の鳥居よりこちらの神明鳥居に魅かれていました。
ですが、りゅうちゃんが先に七社神社の神様とお話するんだよと言うので、
その通りにしました。

ご挨拶が終わったので、天祖神社(一本杉神明宮)へ。

天祖神社

天照さまに、ご挨拶をします。
その時、日光杉並木のビジョンが視えました。
圧倒的な大地の「氣」が、何処からかするんです。
杉の古木の切株が残っていると、記載されていました。
きっと、その切株からの「氣」でしょうね。

天照さまは、微笑むだけ。
りゅうちゃん達は、気が付いているのでしょうね。
各末社へと、遊びに行ってましたから。

天祖神社のお社から、感じるんですよね。
囲いもあるので、後ろに回り込めない。
でも、お社の後方が気になる(´・ω・)う~~ん

境内をウロウロ(^ω^)<不審者じゃないよ

社務所側に回り込む。

一本杉古木の切株

ありました(*^▽^*)
社務所に続く道から、見えましたよ。

よく見ないと、気が付かない位置です。
近くには寄れませんが、離れていてもとても素敵な「氣」を感じます。

枯れて倒れても、この地のエネルギーを支える生命力に感謝です。


菅原神社・三峯神社

ご挨拶をさせていただきました。

個人的なお話があり、喝を入れられてきましたよ(/ω\)


稲荷神社

とても珍しく、お写真OK📸
宇迦之御魂さま「旬を味わいなさい。
        内(身体)に力を蓄えなさい。」

そして、家に帰ったらお狐様が枝豆を運んでいました。
実際に、友達から枝豆が届きましたよ((´∀`*))ヶラヶラ
ありがたいですね。

皆様も、旬の食材を食べて、身体にその時期に合ったエネルギーを蓄えて下さいね。



熊野神社・疱瘡社

中央 熊野神社 左 疱瘡社

ここは、空間が切り離されているように感じました。
大自然と凛とした空気。
そして、何故だか水の音が聞こえたんです。

熊野と繋げているようです。
山奥から、笑い声が聞こえるんです。
繋げたな(;'∀')

須佐之男さま「切り離すなよ。
       繋げておけよ。」

速玉さま「霧が晴れる。
     良く視ておけ。」

壮大なメッセージです。
この御二人は、これからのことを言っているようです。

お写真の左に疱瘡社があるのですが、お写真はNGと言われたので撮っていません。
もうね、何を基準に神様はお写真の善し悪しを出しているのかわかりません。


プチミッションは何処へ?

七社神社の「可愛い」を見つけるミッションを、すっかり忘れていました。
ですが、境内をウロウロしまくって分かったことがあります。

廃れないように、守り抜いてきた人々の想いが詰まっていたんです。

江戸時代には、行楽地と宿場町として栄えました。

明治時代には、渋沢栄一が設立した洋紙製造会社の拠点地。(のちの「王子製紙」)
そして、軍地拠点地として栄えました。

昭和時代には、特に戦後大きく発展した街。
空襲により焼け野原になり、赤羽を中心に闇市が広がりました。
必死に生きて、生きて。
戦後、北区の一部は米軍のキャンプ地になりました。
昭和46年に、土地が全面返還。
そして、跡地には教育施設や公園などを作り始めました。
高度経済成長時には、マンモス団地が誕生。
それに伴い、人口も増え、交通機関も整備。

そんな歴史を歩んできた、土地。

歴史を残し、守り、そして繋げてきた証。
その一つが、この神社。
お写真にはないですが、境内には碑なんかもいろいろあるんですよ。

神職の方々の、さりげない気使いが至る所にありました。

小さな花で、彩を加えたり。
看板などで、説明を入れたり。
ベンチが、境内の雰囲気に馴染むように何か所も設置されていたり。
写真が映えるように、パネルがあったり。
絵馬も、目的別に掛けられるようにしてあったり。
虫よけスプレーや、消毒液があったり。
そして、御朱印を受けるとオリジナル栞を頂けたり。

小さな気遣いが、この神社の「可愛い」を生み出していたんです。

御祭神さま方は、どちらかというとキッリっとした方々なのにね。
地元の人々の想いって、神社の雰囲気も変えてしまうんですね。


本日はここまで

貴方の人生が輝きますように


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