色の大陸を横断する―― カナダからアメリカへ、光と都市の十数日
Ⅱ アルゴンキン〜オタワ
【第3日目|10月9日】
ハンツビル、感謝祭の静寂
ナイアガラを発ってから、すでに380キロ余りを走っていた。
秋は深まり、北へ進むほど色は濃くなる。アルゴンキン州立公園への玄関口、ハンツビルに辿り着いたとき、空はすでに薄紫に傾いていた。

町へ降りる前に、私たちは車を停め、ライオンズ・ルックアウトへ立ち寄った。
高台から見下ろすフェアリー湖は、夕闇を含みはじめた紅葉の色を静かに集めている。赤も、橙も、すでに最盛の派手さを退け、深く沈んだ色だけが残っていた。私たちは並んでその景色を見たが、言葉は交わさなかった。ここで何かを語る必要はないと、二人とも分かっていた。
やがて冷え始めた風に背を押されるようにして、私たちは町へ向かった。
その先に待つ夜が、静かなものであることを、まだ知らないまま。
この日はサンクスギビング・デー。
祝日の街は驚くほど静まり返り、灯りの消えたレストランが通りに影を落としている。夕食のあてもなく歩きながら、彼女が「今日は、こういう夜なんだね」と言った。その言葉には、落胆よりも受け入れる気配があった。
商店街の一角に、ぽつりと明かりが灯っているのを見つけた。
「ザ・ミル・オン・メイン」。扉を開けると、何事もなかったかのように席へ案内される。2階のテラスに腰を下ろすと、夜気が肌を撫で、長い一日の熱を静かに冷ましてくれた。地ビールを分け合い、メープルベーコンピザを頬張る。薪の香ばしさと、ほのかな甘みが、走り続けた時間をやさしく解きほぐす。
食後、リバー・ミル・パークを歩く。
街灯に照らされた楓は、夜の闇に浮かび上がり、水面に揺れていた。市庁舎の前も、ケント公園も、色づいた木々が町全体を一枚の絵のように包んでいる。私たちは言葉少なに並んで歩き、この静けさを壊さぬよう、足取りまで自然と揃っていった。
【第4日目|10月10日】
アルゴンキン、霧と色彩
翌朝、森は霧雨に包まれていた。
ホテルのフロントで教わったラギド滝へ向かうと、鉄分を含んだ水が赤茶けた激流となり、低い轟音を立てて落ちていた。人気のない森の中で、彼女はなぜか「森の熊さん」を小さく口ずさんだ。その調子外れな旋律が、深い静けさに溶け込んでいく。

アルゴンキン州立公園のウエスト・ゲートをくぐった瞬間、世界は変わった。
霧に包まれたハードウッド・ルックアウト。白樺の黄色とカエデの赤が溶け合い、輪郭を失った色彩だけが漂っている。私たちはしばらく言葉を失い、ただ同じ方向を見て立っていた。
ビジターセンターで、日本人スタッフに勧められたロック・レイクへ向かう。
未舗装の道を慎重に進み、湖畔に立つ。そこには音がなかった。水面は鏡のように静まり、対岸の紅葉をそのまま映している。流木に腰を下ろし、簡素な昼食を分け合う。雲の切れ間から差し込む光が一瞬、湖と森を照らし出し、その輝きはすぐに霧へと還っていった。
オタワ、石の風格
アルゴンキンを後にし、車は東へ向かう。
農村風景が続き、紅葉の強度は次第に和らいでいく。柔らかな光の中、彼女はいつの間にか眠っていた。長い自然の時間が、都市への助走を静かに整えているようだった。

15時20分、オタワ。
カナダの首都は、想像していたよりも落ち着いていた。まず訪れたリドー・ホールは、重厚な石造りで、イギリスの伝統を色濃く残している。華やかさよりも、持続してきた時間の厚みがそこにあった。
宿はバイワード・マーケット近くのアンダーズ・オタワ。
夜、洗練された小皿料理とワインを前に、彼女が「ずいぶん遠くまで来たね」と言う。私は頷き、同じ疲労と満足を、同時に味わっていた。
【第5日目|10月11日】
運河の朝、動く時間
翌朝、街を歩く。
朝食は地元で親しまれる「コラ」。皿から溢れるほどの果物が、これまで見てきた秋の色を思い出させる。甘さと酸味が、身体を静かに目覚めさせた。

世界遺産のリドー運河へ。
手動で開閉される閘門は、今も現役で、時間が止まっていないことを教えてくれる。丘の上には国会議事堂。ネオ・ゴシックの尖塔が空を切り取り、オタワ川の向こうにはケベック州が広がる。石と水と空が、この国の骨格を形作っていた。
ノートルダム聖堂のステンドグラスに射す光を見上げ、バイワード・マーケットを歩く。ハロウィン用のかぼちゃが並び、市民の活気が戻ってくる。
大自然の紅葉とは異なる、もう一つの美しさ――歴史と秩序が生んだ知的な色彩が、この街にはあった。
彼女と並んで石畳を歩きながら、私は思う。
燃える楓の森も、重厚な首都も、この旅では等しく必要だったのだと。自然から都市へ、色から石へ。私たちはその移ろいを、同じ速度で、同じ距離感のまま辿ってきたのだった。
