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18きっぷ、ちばらきの一日

 3月12日、火曜日。天気は晴れ。

 横浜を出たのは6時3分だった。横須賀線から総武線快速に直通する千葉行きである。品川までは座席が埋まり、立ったまま車窓を眺めた。首都圏の朝は早い。新日本橋を過ぎるころようやく空席ができた。旅の始まりにしては、いささか所帯じみた出だしである。

 今回の旅の動機は単純だ。九州一周の帰りに使い残した青春18きっぷが2回分あった。もったいない、という気持ちは旅人の本能に近い。地図を広げて思案した結果、かねてから足を踏み入れたことのなかった「ちばらき」——千葉と茨城のはざまに位置するあのあたり——を回ることにした。犬吠埼、香取神宮、鹿島神宮。3か所を1日で巡るには、列車の接続を綿密に組まなければならない。総武本線も鹿島線も成田線も、時間帯によっては1時間以上列車が来ない。時刻表とにらめっこして練り上げたプランだった。

 7時13分、千葉着。7時15分発の総武本線銚子行きに乗り継ぐ手はずである。2分の乗り換えは強引だが不可能ではないと踏んでいた。ところがホームは隣ではなかった。階段を2段飛ばしで駆け上がり、8番線へ降りたとき、列車はすでに動いていた。私のほかにも数人が同じ轍を踏んでいた。全員アウトである。

 改札を出てマクドナルドに入った。節約旅である。駅ビルのおしゃれな店には用がない。スマートフォンのYahoo路線情報を開くと、次の銚子行きは8時39分。1時間20分のロスだ。計画が根底から崩れたかと思ったが、落ち着いて調べ直すと、最後に予定していた成田山を諦めれば、残る3か所はほぼ予定通りに回れることがわかった。人間は自分に都合のよい情報を信じたがる。出発前に使っていた「駅探」はこの乗り継ぎを可能と示していたが、Yahooは最初から8時39分発を推奨していた。今後は乗換案内をYahooに切り替えようと、コーヒーをすすりながら心に決めた。

 8時4分発の成東行きで佐倉まで先行することにした。どうせ時間ができたのだから、乗り降り自由の18きっぷを活かせばよい。佐倉では30分ほど時間があった。武家屋敷まで歩く余裕はないので、鹿島川を見て折り返した。駅前には彫刻が並んでいた。ベンチで待っていると、小柄でおしゃれな外国人女性たちが大勢改札を抜けていった。休日の行楽客だろうか。

 8時57分発の銚子行きに乗る。成東を過ぎると線路は真っ直ぐになり、列車は速度を上げた。水田には水が張られ、田植えの準備が始まっていた。まだ3月だというのに、もう田植えとは——房総の春は、一歩先を行くのかもしれない。

 10時15分、銚子着。ここで銚子電気鉄道に乗り換える。経営危機が恒常化しながらも、自虐的なネーミングの食品を売り出しては命脈をつないできた、あの銚子電鉄である。ホームの看板には「絶対にあきらめない銚子」とあった。応援したい気持ちになる。

 10時23分発、外川行き。銚電旧色を復刻したクハ2502に乗り込んだ。切符は車内で車掌から購入するのだが、その際、社会の窓が開いていると指摘された。旅先でこの種の指摘を受けるとは思っていなかった。恥ずかしいような、おかしいような。犬吠まで340円。

 のどかな沿線を、列車はゆっくりと進んだ。車内には乗り鉄と覚しき乗客が散見された。すれ違ったデハ2001は元京王電鉄の車両で、伊予鉄道を経て銚子に流れ着いたという。人も車両も、流れ流れてたどり着く先がある。

 10時41分、犬吠着。灯台まで歩くと、堂々とした白亜の塔が青空に映えていた。遊歩道を海岸線沿いに降りると、太平洋の荒波が岩場に砕けていた。水平線は丸みを帯び、地球が球体であることをかすかに教えてくれる。長崎鼻まで30分歩いて、外川へ向かった。

 外川漁港に面した「いたこ丸」は人気店で、観光客と地元客が入り混じっていた。本当はいたこ丸定食——刺身とメカジキの竜田揚げがつく——を食べたかったのだが、混雑と電車の時刻を気にして刺身定食1,100円に落ち着いた。新鮮な刺身は申し分なかったが、結果的に時間は間に合ったのだから、欲張ればよかったと今になって思う。

 外川駅は「ありがとう 外川駅」という。引退した旧型車両が無料で公開されていた。板張りの床が懐かしかった。昭和生まれとはそういうものである。

 13時8分、銚子から成田線に乗り継ぐ。松岸で総武本線と別れ、利根川沿いを南下する。窓の向こうに鹿島臨海工業地帯の煙突群が遠く見えた。若い頃、工場見学でここへ来たことがある。あれはいつのことだったか。

 13時46分、香取着。香取神宮まで片道2.1キロ、徒歩26分。途中で出会った地元のおばあさんが近道を教えてくれた。桜馬場を抜けて境内へ入ると、1700年造営の楼門が現れた。主祭神は経津主神。古事記には登場せず、日本書紀のみに記された武神である。境内は静かで、珍しくロシア人観光客の姿があった。

 帰り道、コンビニも自動販売機もほとんどない田舎道を歩き続けていると、足が攣りかけた。そこへ「カフェ もみじ」という小さな店が現れた。コーヒーを注文すると、ご主人が自ら焼いたフルーツケーキを出してくれた。定年後に始めた店で、先代のうなぎ屋を息子さんが継いでうなぎも扱っているという。30分ほど腰を落ち着けた。スケジュールが狂ったおかげで、こういう時間ができた。旅とはそういうものかもしれない。

 16時1分、香取発。常陸利根川を渡り、北浦の水面を眺めながら、16時18分に鹿島神宮着。参道の途中に塚原卜伝の像が立っていた。幾度の真剣勝負にも傷ひとつ負わなかったという剣聖で、鹿島神宮神官の一族だという。

 楼門は1634年、拝殿と本殿は1619年の造営。いずれも重要文化財である。祭神は武甕槌大神——こちらも武神だ。香取と鹿島、2つの神宮がともに武神を祀るのは偶然ではあるまい。奥宮の社殿は、徳川家康が関ヶ原の戦勝御礼として建てたものを移したと伝わる。要石は地中の大鯰を押さえる杭とされ、地面から顔を出しているのはほんのわずかだった。芭蕉の句碑の前で少し立ち止まった。御手洗池の湧水は澄んでいた。40分ほどで境内をひと回りし、17時47分発の佐原行きに乗った。

 車窓に常陸利根川の夕暮れが広がった。水田に西日が反射して、橙色の光が揺れていた。こういう景色のために、鈍行列車の旅はある。

 成田から総武線快速に乗り継ぎ、武蔵小杉で南武線に乗り換えて武蔵溝の口で下車した。餃子の王将に寄るためである。京都で学生をしていた50年前、3日に2日は王将で食べていた。私の住む田園都市線沿線には店がなく、今日の旅程の早い段階から、帰りに立ち寄ることを決めていた。店は飲み客で混んでいて、20分待った。中華飯と餃子とビール。満たされた。

 本日のJR乗車距離は336.5キロ、乗車時間は6時間53分。正規運賃5,910円のところ、18きっぷで2,370円。歩数は31,261歩だった。乗り継ぎのトラブルがなければ成田山まで回れたかもしれないが、カフェ「もみじ」のフルーツケーキには出会えなかった。得たものと失ったものを比べても仕方がない。疲れた、と思いながら、悪くない1日だったとも思った。

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