孫と過ごした北海道四日間 【4/全4回】
その四 別れの朝、そして帰途へ
旅の最終日の朝は、他の日の朝とは違う質感がある。
目が覚めた瞬間に「今日で終わりだ」という感覚がくる。それは必ずしも残念なことではない。旅が終わる前の時間を、できるだけ丁寧に使おうという気持ちが自然にわいてくる。旅の最後の朝には、何か特別なものを食べたくなるし、もう一度あの景色を見たくなるし、子供たちの顔をもう少し長く眺めていたくなる。
10月1日(木)、曇り。今日は中秋の名月だが、空は薄い雲に覆われている。晴れていた昨日と一昨日に存分に楽しんだのだから、今日は曇りでもかまわない。旅の天気は均等には与えられないし、それでいい。
雲海の見物はすでに昨日済ませてある。今朝は久しぶりにゆっくり起床できた。窓からザ・タワーの巨大な建物を眺める。駐車場は今日も満車だ。

朝食は今朝もSORA -天空-。この旅ですっかり気に入った。お刺身御膳、蟹イクラ重御膳、蕎麦御膳をそれぞれ頼んで、少しずつ分け合う。昨日でおかわり自由のサービスが終わっていたが、今さら気にしない。連日しっかり食べているから、体がそれほど空腹感を訴えてこない。孫たちは元気に食べていた。

チェックアウトは12時だ。それまでの2時間余りを、ファームエリアのカートドライブで過ごすことにした。
3度目のGAOアウトドアセンターへ車で向かい、電動カートに乗って約100ヘクタールのファームエリアへ入った。牛、羊、馬、ヤギが放牧されている。

最初に牛が近くにいた。上の孫が「でかい」と言って、下の孫は黙って一歩後ろに下がった。昨日のラフティングでは「もっと揺れて!」と叫んでいたのに、静かな牛の前では腰が引ける。何が怖くて何が怖くないかは、子供ごとに、場面ごとに、まるで予測がつかない。
妻(バァバ)が熊笹を手で折り取り、孫たちに笹舟の作り方を教え始めた。葉を折って形を整えると小さな舟ができる。農場内の小川に流して、どれが速く流れるか競争だ。「こっちが勝った!」「ちがう、こっちだ!」と孫たちが声を上げる。電子機器もゲームも関係ない、草と水だけを使った遊びが、子供たちを本気にさせる。

一昔前の子供なら、田舎でも都会でも知っていたことだ。自然が身近にあった時代には、草や水の遊びは誰もが持っていた。技術がどれほど進もうと、葉っぱを折った舟を川に流す楽しさは変わらない。そういうものを手渡せる人間が、祖父母の世代にはまだいる。それは、孫と旅をする隠れた価値のひとつだと思った。
羊の柵のそばでカートを止めると、孫たちが草を差し出そうとした。しかし近づくと、おっかなびっくりで手が縮む。「さっきの牛よりこっちのほうが怖い」と下の孫が言う。「角がないじゃないか」と言い返したが、子供の怖さの基準は大人には測れない。

馬にも遭遇した。ポニーほどの大きさの馬が数頭いた。「なつぞら」に馬を描く画家が登場したことを思い出した。馬というのは確かに絵になる動物だ。その大きな目が、ゆっくりとこちらを見ていた。

ナナカマドの実が赤く色づいていた。北海道を代表する樹木で、街路樹に多く使われる。紅葉にはまだ少し早かったが、ナナカマドの実の赤は、すでに秋を先取りしていた。上の孫が「きれい」と言って、立ち止まって眺めた。短い言葉だったが、本心だったと思う。

牧草ベッドというアトラクションがあって、横になって空を眺めながら過ごせる。ダニが心配で横にはならなかったが、孫たちはしばらくその上で転がっていた。北海道の秋の空が、曇りながらも広かった。
正午、チェックアウトの時間が来た。
4日間、本当にお世話になった。退屈することなく目いっぱい遊べる、子供連れには最高のリゾートだったと思う。雲海テラス、サファリカートツアー、ラフティング、ミナミナビーチ。どれかひとつだけが飛び抜けているのではなく、組み合わせとして設計されているところが優れていた。一日一日、飽きさせない仕掛けが揃っていた。

ロビーを出て荷物を車に積む。孫たちはまだ施設内を走り回っていて、なかなか来ない。呼ぶと、惜しそうな顔をしながらやってきた。上の孫が「また来る?」と聞いた。「来たいね」と答えると、「絶対来る」と言った。「絶対」という言葉を子供はよく使うが、そのたびに少し胸が動く。
道東自動車道で新千歳空港へ向かう。
トマムインターから千歳東インターまで、14本のトンネルがある。最長は穂別トンネルの4,318mで、続いて大夕張トンネルの4,172m。トンネルの中は照明だけの単調な空間で、子供たちも静かになった。外の景色がなくなると、車内が少しだけ内向きになる。
「いちばん楽しかったのどれ?」と孫たちに聞いてみた。
上の孫は少し考えてから「ラフティング」と言った。「キタキツネも」と付け加えた。下の孫は「プール」と即答した。そうか、ミナミナビーチか。雲海でもラフティングでもなく、波のプール。子供の優先順位は、大人には予測がつかない。それが正しいと思う。

全行程を私が運転した。北海道の道は走りやすいが、長距離だと眠くなる。直線が延々と続いて、景色の変化が少ない。睡魔と戦いながら、一路西へ進んだ。
午後1時半、トヨタレンタカー新千歳空港すずらん店で車を返却した。事故もなく、傷もつかなかった。それだけで、ひとつの達成感がある。
午後2時過ぎ、空港内の「北海道ラーメン道場」で遅めの昼食をとった。10店舗が並んでいて、決め手になったのは「全品ハーフサイズ可」の表示だ。子供連れで、旅疲れもある。全員が大盛りを食べきれるかどうかわからないときに、ハーフサイズが選べるのはありがたい。「雪あかり」で味噌バターコーンラーメン1,130円、ねぎ味噌ラーメン1,010円を食べた。普通に美味しかった。

15:30、ANA68便で新千歳空港を出発した。機材はB787、搭乗率は5〜6割ほどだ。定時にプッシュバック。本州の上空は快晴で、夕陽が海に反射してオレンジ色の光が機内まで差し込んでくる。美しかった。

上の孫が窓に顔を近づけて、ずっと外を見ていた。行きの羽田でも、下北半島の上空でも、同じように窓に顔を押しつけていた。飛行機の窓から世界を見ることが、この子にとってこの旅の一本の軸になったのかもしれない。
羽田空港P3駐車場の駐車料金は4日間で6,120円だった。全員が空港バスで往復した場合とほぼ同じ金額で、荷物を自在に積めて、玄関から玄関まで動けた。子供連れの旅にマイカーは正解だった。
自宅に戻り、新千歳空港で買ったお弁当を夕食に食べた。

GoToトラベルの地域共通クーポンの配布が10月にずれ込んだのが唯一残念だったが、それを除けばキャンペーンのメリットを最大限に享受できた旅だった。35パーセントの割引に加えて、思いがけず一家5人の旅が揃い、3泊4日を存分に遊んだ。上出来だったと思う。
孫たちはこの旅を、どれほど覚えているだろうか。
上の孫には、いくつかの場面がしっかり残るだろう。ペンギンが水の中を飛ぶように泳ぐのを見た瞬間。夕暮れの草原に現れたキタキツネが「ほんものだ」と思わせた瞬間。弟がラフティングで振り落とされそうになりながら「もっと揺れて!」と叫んだあの興奮。滝を越えたカヤック乗りを見て「かっこいい」と言った声。雲海テラスで、日の出前の暗い空に立ったこと。
下の孫は、まだ4歳だから言語化して残る記憶は少ないかもしれない。しかし何かは体に刻まれる。雲海の前で黙って私の手を握ってきたあの小さな手のひら。牛の前で一歩後ろに下がった足。笹舟が小川を流れていくのをじっと見ていた目。言葉にならなくても、その子の中のどこかに沈んでいく。
旅とは記憶を作る行為だと、よく言われる。その記憶がいつ、どのような形で蘇るかはわからない。10年後に、何かの拍子に北海道という言葉を聞いたとき、あの雲海が頭に浮かぶかもしれない。20年後に、子供を連れてラフティングへ行く日が来るかもしれない。そのとき、このトマムで下った空知川のことを、ふと思い出すだろうか。
私には、孫たちと旅をする機会がこれから何度あるかわからない。子供は育つのが速く、大きくなれば祖父母と旅をするより友人と行く方が楽しくなる。それは当然のことで、それでいい。だから今この旅が、5人で揃って北海道を歩いたこの4日間が、全員にとって記憶として残ることを、少しだけ願っている。
旅が終わった夜、孫たちはあっという間に眠った。疲れた日の子供はよく眠る。その寝顔を少しだけ眺めてから、仕込んだサッポロビールの最後の一本を開けた。
よい旅だった、と思いながら飲んだ。
