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西へ、地図を塗りつぶしながら

第一章 呉・岡山――大和との、意外な縁

青春18きっぷ西日本周遊・5日間連載 第1回/全5回


旅の動機という、じつに情けない話

旅にはそれぞれ動機というものがある。仕事のついで、愛する土地への再訪、食い倒れを目的とした遠征、あるいは単なる逃避。いずれも立派な動機である。ところが今回の旅の動機は、正直に申し上げると、少々みっともない。

フォートラベルというウェブサービスに、旅行者が訪れた都道府県を色で塗りつぶしていく地図機能がある。気がつけば私はこれに熱中していた。日本47都道府県のうち、広島・岡山・香川・兵庫・鳥取・島根の6県だけが白地図のままなのである。

西日本出身の私にとって、これらはいずれも何度も足を踏み入れた土地だ。兵庫に至っては神戸に5年間も住んでいた。なのになぜ白いかといえば、話は簡単で、写真を撮る習慣がなかっただけのことだ。ただそれだけの理由で、6県が空白のままになっている。

そこで立案したのが今回の計画である。期限切れ間近のANAマイルとアップグレードポイント、楽天トラベルのポイント、そして青春18きっぷを組み合わせた節約旅。欲張らず1県1箇所主義、原則として今まで行ったことのない場所を巡る。こうして生まれた5日間の旅程は次の通りだ。

12月11日(水) 横浜―羽田―岩国―呉―岡山(泊)
12月12日(木) 岡山―琴平―姫路(泊)
12月13日(金) 姫路―豊岡―香住―鳥取―境港(泊)
12月14日(土) 境港―出雲大社―松江(泊)
12月15日(日) 松江―津和野―益田―羽田―横浜

「乗り鉄」の旅である。なるべく長距離を走り、18きっぷのコストパフォーマンスを極大化する。決して鉄道マニア(いわゆる鉄ちゃん)ではないとここで強調しておく。念のため。


岩国空港、ちょっとした難儀

12月11日(水)、天気予報は良好。5日間、雨の心配はなさそうだ。

横浜から空港バスで羽田へ向かい、ANAラウンジで時間を潰してから8時55分発のANA633便に搭乗した。西日本に入ると山々はなだらかになる。関東や中部の山岳とはまるで違う、丸みを帯びた山容だ。この稜線の変化だけで「西に来た」という実感が湧いてくる。

岩国空港に近づいたとき、嫌な予感は的中した。進入路に濃い霧がかかっており、滑走路が視界に入ったと思った刹那、エンジン音が急激に高まり、機体はゴーアラウンド(着陸復行)の態勢に入った。

これは生きた心地がしない経験だ。「後方の米軍機との距離が接近したため、管制塔の指示により着陸をやり直すことになった」と機長の声がした。米軍機が優先されるのである。じつはこれで2度目の経験になる。岩国錦帯橋空港は米軍岩国基地との共用空港という、少々奇妙な立場にある。

楽しみにしていた米軍機の見物は、K席が反対側だったため叶わず。着陸が10分遅れたことで次の列車まで時間がなくなり、バス(200円)を諦めてタクシー(960円)で岩国駅に駆けつけた。時間優先とはいえ、旅の初っ端から予算をオーバーするのは気分がよくない。


呉に大和あり

広島で乗り換え、呉線の快速で海沿いを南下する。造船所のクレーンが見え始めると呉駅に到着だ。

まず昼飯。広島で食べ損なったお好み焼きを「五エ門」でいただく。カウンター席の目の前で焼いてくれる「広島満月焼き」900円に生ビール(小)。広島焼きはこれで2度目だが、やはり関西焼きの方が好みだ。などと言っては地元の人に怒られるかもしれないが、感想というのは正直に書かないと意味がない。

腹を満たして、今日の目的地へ向かう。

大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)の入場料800円を払い、館内に足を踏み入れた瞬間、私は少し緊張した。ここを訪れるのは今回が初めてだが、この場所との縁は、私が生まれるよりずっと前に始まっている。

館内の中心に立つのは、10分の1スケールの戦艦「大和」の模型、全長26.3メートル。細部に至るまで精巧に作られており、本物の迫力はどれほどであったか。しかし私が見つめていたのは、その主砲だった。

有名な46センチ主砲。その設計に深く関わった人物が、妻の縁者だったのである。

生前にお会いしたことはない。家に残る写真の中に、勲章を胸に並べた白髪の老人がいるだけだ。その人がここに立つ砲塔の設計に携わった。「今でこそ大艦巨砲主義の象徴のように言われますが」と展示の解説に書いてある。当時としては最新最高の技術の結晶だったはずだ。私はしばらく動けなかった。

そして思わぬ再会があった。壁面に掲げられた写真の中に、見知った顔があった。

戦艦「大和」設計主任・牧野茂さんの写真だ。40年以上前のことになるが、退役後の牧野さんが取引先に在籍されており、懇意にさせていただいた。あろうことか縁談まで紹介してくださったのだが、丁重にお断りした経緯がある。妻との結婚はそのずっと後のことだが、つくづく戦艦「大和」とは縁が深いと感じる。また、山本五十六提督はこの呉で妻の縁者と麻雀仲間だったという話も伝わっている。

特攻兵器「回天」、特殊潜航艇「海龍」、零式艦上戦闘機六二型――並んだ展示品を眺めながら、昭和という時代の重さをしみじみと感じた。館外には戦艦「陸奥」の41センチ主砲身も展示されている。大砲の前に立つ人間が、米粒のように小さく見えた。

呉駅に戻るとき、背後に連なる山々が、映画「この世界の片隅に」に描かれた呉の景色を思わせた。妻の身内にも、かつてこの街と縁のあった者がいる。妻と二人で、いつかもう一度来ようと思った。


呉線の夕陽と、岡山の夜

呉を出て、呉線の普通列車で瀬戸内の海岸線を東へたどる。単線ゆえ途中で何度も列車交換があり、その都度、時間を持て余す。しかし牡蠣の養殖筏が浮かぶ海、山側に広がる田園、造船所のシルエット。変化に富んだ車窓が飽きさせない。

太陽が西に傾き始め、瀬戸内海が金色に輝いた。造船所の鉄骨が水面に長い影を落とす。予期せぬ絶景だった。呉線がここまでの路線だとは思っていなかった。

三原、糸崎と乗り継いで、夜の岡山駅に到着する。

夕食は「岡山に成田屋あり」と評判の居酒屋「成田家 田町店」へ。カウンター越しに眺めると、最高値でも600円という品書きが並んでいる。名物のとり酢、白ネギのヌタ、黒ソイ刺身、殻付きカキ、オコゼ唐揚げ、生しいたけ焼き。生ビールと熱燗2本で締めて3,000円強。岡山には旨い居酒屋があるものだ。西川緑道公園のイルミネーションを眺めながらホテルへ歩いた。


広島県、色が付いた。残る白地図は5県。


次回:第二章「後楽園と金毘羅さん ――瀬戸大橋を渡り、785段を登る」

2019年12月11日

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