浅井章人は遺書を二回も書いていたの⁈
【12/8 8:15更新▶︎タイトル変更】
いつも情報面で、お世話になっている
山梨県の古民家 和み庵さん
です!
冬の景色も素敵ですね😃
↓
no+erの皆さん、こんばんは。
早速ですが、本題に入ります。
日付が変わりましたので、昨日のことになりますが、タイトルにも書いた通り、僕、浅井章人が、Amebloの表紙に固定されるコーナーに、長い文章を残しました。
それは、浅井章人のことを知っていただく為に、最低限必要な情報なんです。
という訳で、ほぼ同じタイミングで、no+erの皆様にも、同じ文章を共有させていただきます。
長い文章ではありますが、比較的読みやすい内容だとは思います。
どうぞ宜しくお願いいたします。
↓本文ココから
忘れもしない。2020年12月1日からコロナの後遺症なのか、寝たきりで動けない日々が断続的に続きました。
それでも多少の回復期はあり、そこでは、自分の経歴や資格などのポテンシャルを活かして起業もできました。

Photo by 浅井章人
それは、2022年4月2日のこと。会社設立の地は、大阪市内にある船場センタービル2号館1F、一般財団法人大阪デザインセンター。
優秀なデザイナーさんや、コンサルタントの方。はたまた、FM局の子会社の幹部の方、外科医なのに実家の薬局チェーンを継承し、診療しながら経営、さらには学会までをも設立された狭間研至Dr.にも(近所なので)ご挨拶出来ました。
ただ、過労はヒトの脳をおかしくします。神経伝達物質には限りがあり、慢性化した睡眠不足+慢性疲労では、人間は本来なら夜寝る生き物なので、脳機能が障害を受けるのです。
私は、同年9月頃に、再び倒れました。
それから、2025年9月6日までに2回遺書を書き、、、
ただ、それでも愛する家族だけが、寝たきりの生きる屍のような存在を認めてくれました。愛妻曰く、寝たきりの僕にさえ、笑いのセンスが、まだ幾分か残っていたからだそうです。
その後、ある本との出会いにより、自分の価値観が、あり得ないぐらい大きく変わったことから、少しずつ体調が改善してきて、、、
Dr.から外出制限が掛かっていたとしても、自宅療養中のシングルベッドの上で寝転びながら生活費を稼ぐ手段はないものかと、考えるようになりました。

Photo by 浅井章人
2024年の秋頃に、またある本との出会い、そして、そこからまた、とある高額なno+eとの出会いがあり、とうとう2025年の5月に、シングルベッドの上で、寝たままお金を稼ぐことに成功したのです。
お金さえあれば、食べ物はUber Eatsで家の玄関ドアまで届きます▶︎勿論頼みましたとも。
身の回りで必要なものは、Amazonや宅配スーパーなどでOK▶︎Amazonの節約額だけでも万単位です。
そこでようやく私は大きな自信を取り戻したのです。
いかに自分の実力だけで稼ぐことが大事か、とても良く分かる出来事でした。

明石海峡大橋と淡路島が見えます
Photo by 浅井章人
ただ、、、単に稼ぎお金持ちになっても、それはそれで、僕的には死ぬ時に不満だなと。
人は、それぞれにミッションを抱えて生きていると思うんですよ。
僕の人とは異なる経験、体験、そしてスキルから出来ること。それは我が母校である慶應義塾大学のマークに象徴されるペン🖋️を使う作業。
即ち、僕の脳内のニューロンの活動によって紡ぎ出される文章で、この日本という、それなりに豊かなのに、疲れ切った生活を送らざるを得ない方々が異様に多い国で、そんな辛い境遇にある方々を癒すこと。それが最適解であるという天啓を、やはりシングルベッドの上において授かりました。
その様な流れで、2025年6月12日から、僕は浅井章人として、小説とは何たるかを勉強し始めて、、、
人の魂を揺さぶることが出来た上で、主人公が、その人生における悲惨な境遇を自分の力で大きく改善させ、最後は家族との絆を強く感じながら涙する、という小説「ログロス」の執筆を同時並行で開始しました。
浅井章人の処女作として、そんな物語「ログロス」の初稿が完成したのは、これも忘れもしない、2025年8月9日。
その先の浅井章人の活動ぶりは、Amebaブログにて、、、
Please check them out!!
浅井章人より皆様への愛を込めて❤️
