あの日、学校に行けなかった娘が、卒業式でピアノを弾いた
卒業式
ピアノの前に座る娘の背中。
まっすぐな背中を、保護者席から息をひそめて見つめていた。
迷いのない後ろ姿。
顔は見えないが、きっと落ち着いている。
いつの間に、こんなに堂々とできる子になったのだろう。
静まり返った体育館。
ピアノの音がポーンと、天井まで響く。
全員での最後の合唱がはじまる。「旅立ちの日に」。
学校に行けなくなったあの日
記憶が、過去にさかのぼる。
娘は、学校に行けない時期があった。
それは、小学3年生のこと。
「もう、学校行けない…」
そうつぶやき、ぺたりと玄関に座り込んだ娘の後ろ姿が目に焼き付いている。
理由は、本人も分からないと言った。
学校に行きたくないのではなく、
行けないことがつらい、と言った。
学校を休むようになってから、
習い事のピアノの先生が、遠慮がちに教えてくださった。
「夏に、冬服を着込んでいたことが何度かありました。
きっと、自分を守っていたのでしょうね…」
衝撃を受けた。
まったく、知らなかった。
そうだ。
わたしは、朝起きられずにずっと布団にいたから。
当時、私もメンタルを崩して休んでいたのだ。
その後、近所の方からも
夏に冬服を着ていたと聞いた。
オシャレ好きな娘が。
服はたくさんあるのに、夏に冬服を着ていた…
娘の変化に気づけなかった。
なんて情けない親だろう…
ごめん、で済むなら何度言うだろう。
本当に、ごめん…ごめん。
学校にまったく行けなくなり
2週間ほどたったころ。
娘と朝、
少し外に出てみようということになった。
通学路の途中まで、手をつないで歩いてみた。
その日以降、
学校が見える場所まで歩いてみたり
門の前まで行ってみたり…
と少しずつ学校へ近づいていった。
娘は自分と闘っている。
娘のペースでいこう。
そう思って一緒に歩いた。
下駄箱から、
廊下へ進み、
教室に入ることができるようになった。
しかし
授業を受けるとき
娘から横にいてほしいと言われ、
それからは一緒に授業を受ける日々が続いた。
教室に、親子が一組。
周りの子は戸惑うかなと思ったが、
子どもは案外すんなり受けいれる。
気にせず話しかけてくる子
少し離れたところから見ている子
すれ違いざまに表情を見ている子もいた。
わたしにも、授業中ふり返り、にやりと笑う子も。
子どもたちと一緒に黒板に向かい、
わたしもクラスの一員のようで…
教室中に、やさしい空気が流れていた。
スクールカウンセラーに相談
平行して、私だけスクールカウンセラーにも相談した。
ずっと引っかかっていた。
わたしのせいで娘をここまでさせてしまったと。
カウンセラーには、正直にこれまでの成育歴と今私が休んでいること、
子どものことを充分見てあげられていないことを話した。
でも、カウンセラーの先生から返ってきた言葉は
「お母さんのせいじゃありませんよ。」
そして続けた。
「それより…コロナ禍ですね。この子たちは入学時からコロナ禍の緊急事態宣言で休校になり、十分に学校生活を送れていません。生活の変化もかなり大きいでしょう。成長期のこどもたちにとって、大きなストレスです。苦しんでいる子がたくさんいるのです。」
たしかに…
いつもうちと同じ時間に登校してくる親子がいた。
遅れてくる子も、何人かいた。
スクールカウンセラーの先生のことばが響く。
うちだけではない。
いろんな人が、それぞれに苦しんでいるのだ。
娘のことは、わたしのメンタル面が全く影響してないとは言い切れないと思っている。
でも、カウンセラーの先生の言葉は、子どもを中心に、親や生活も守ろうとしてくださり、救われた。
このころ、
複数の近所の方からよく差し入れをいただいた。
ご飯が余ったから、とおかずをうちの家族分くださったり
魚釣ってきました、と捌いたものを届けてくださったり…
今ふり返ると、
まわりの方のまなざしに、どれだけ助けられただろうか。
当時は精一杯で気づかなかったが、
思っている以上に、周囲は気にかけ手を差し伸べてくださった。
娘の変化
娘の回復は、少しずつだった。
3年生の最後には一人で通えるようになったが
4年生、5年生のときも通えなくなることもあった。
進んで戻り、また進んでいく…という感じだった。
周りの子たちの見守り、大人のまなざし。
本人も、本を読んで自分の内側と向き合い
たくさんのひとに支えられ、進んでいけた。
5年生3学期の春ごろから、
少しずつ自分を出せるようになり
自分から友だちに声をかけてみたり
新しいことにチャレンジをするようになった。
表情はどんどん明るくなり、
友だちと公園で遊ぶことが増えていった。
卒業式の伴奏をする
卒業式のうたが「旅立ちの日に」と決まると、
娘は私に「わたし、卒業式で伴奏に挑戦しようと思っている」と告げた。
それまでも伴奏をしたことはあったが、
卒業式の舞台で伴奏をするというのは大きな挑戦だった。
複数人立候補していて
「みんなすごくうまい…」と怖気づくこともあったが、
「わたし、やるから!」と鬼気迫る勢いで毎日練習していた。
親としては、正直結果はどちらになってもよかった。
伴奏させていただけるなら、
きっと今以上に練習もしてピアノが好きになる。
もし選ばれなくても、これだけ毎日取り組み、
やり遂げる力がついた。
悔しいことも、きっとこの子の成長になる。
今回、オーディションの機会をいただけたことに感謝した。
卒業式に受け取った手紙
卒業式の日。
受付で配られた、娘からの手紙。
そこには、
「嬉しい時も悲しい時も、いつも寄り添ってくれてありがとう。5年生のときに新しい自分、もう一人の自分を見つけることが出来てよかった。楽しくなった。そのときも見守ってくれてありがとう」とあった。
ほんとうによかった。
あたたかい涙が頬をつたう。
子どもが苦しんでいる姿を見ると、
親は苦しくなる。
代わってあげられるなら、
親が背負いたい。
でも、子どもは、自分なりに道を見つけていく力がある。
親だけでなく、友だちや周囲の人々の関わりによって、自分で考え、歩く力を持っている。
でも、もし
大きな壁をどう乗り越えていいか分からなくて
立ち止まるとき
後ろが気になりふり返ったとき
そこにいる母親でありたい。
