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少数派だとしても孤独じゃない

最初、今日は「疲れた、もう見ないふりをする方が楽」というタイトルで記事を書こうかと思いました。
昨夜は本当にそういう気分でした。国民投票法(憲法改正手続法)の改正案が今日の衆院憲法審で可決されることがほぼ確実の様相だったからです。

そして今日実際に可決されてしまいました。
絶望的な気持ちになるけれど、同じ思いの人がたくさんいることがわかるので、その点はSNSありがたいなと思って、タイトルは少し前向きに変えました。

問題点についてしっかり触れたものは、たとえば以下の記事など。

昨夜、ギリギリまで反対の意思表明をしようと、衆参の憲法委員会の議員のリストを眺めていたのですが、私には名前を見るだけで具合が悪くなるほど苦手な政治家がいるんです。(この記事を読んでいる人なら、皆誰かしらいるかもしれないし、一人でもないと思うんですが、中でも強烈に苦手な人がいて…)
その議員の名前を見て、彼らが改憲についてああだこうだ言っているという事実を、知ってはいたけど改めて想像して辛くなって、寝込みたくなりました。

他の法案も重いですが、国民投票法は格別に重いです。重いはずの憲法改正手続きが、軽く扱われてしまう。報道もろくにされていない。

本当に報道が仕事をしていないのか、自分の目で確かめようと、ときどき図書館にいって過去1か月分くらいの新聞をばーっと眺めます。
一つの法案だけに着目して、どう取り上げられているかを確認するために。
報道が皆無ということはなく、数回くらいは取り上げられていたり、社説や投稿欄で反対意見や懸念点が述べられていたり、ということが多いです。
けれど問題点を伝えるには全く足りない、掲載ボリュームのバランスが完全におかしい、とよく思います。
本当はそれを様々な法案について全紙で確認して、客観的な材料として記事に残しておいたりしたいのですが、その時間は取れずにいます。


話を戻しますが、無力感にとらわれるし、落ち込みますね。
それで、昨夜のタイトル案のように、もう見ないふりをして、決定的に自分たちの生活が壊されるときがくるまでは何も考えずに過ごした方が楽なんじゃないか、と闇落ちしそうになります。
ですが、今この瞬間に、自分と同じ思いを持っている人がこんなにもいる、と実感することで、なんとか気持ちを持ちなおすことができます。

それだけ多くの人が声をあげているのに止まらない、という絶望と表裏ではあるんですが、それでも、声をあげているのがなかったことにはならないし、伝わるところには伝わっているので。

同じように疲れてギリギリの心境の人がけっこういるかと思いますが、がんばってすごしていきましょうね。
睡眠と食事はできるだけきちんととって、できれば生活に笑いを取り入れて、それから一定の年齢以上の人は忙しくても健康診断とかは後回しにせずに…(プロテストと関係ないけれど)

「自分の暮らしを犠牲にしてまでプロテスト行動をするのは本末転倒だ」、とは私は言い切れません。
丁寧に積み上げてきた生活、仕事、人間関係、そういうものを政治は簡単に破壊し得ると気づいたから、無理をしてでも今声をあげて行動している人が多いのではないでしょうか。
一方で、持続可能でなければいけないから、無理が大きくなりすぎないように、バランスをとってやっていくしかありません。

どうしても気力が足りなくなって、低空飛行になることはありますが、せめて、国会内外で、少数でも矢面に立って行動してくれている人に応援や感謝の気持ちを示すことだけでも続けようと思います。
抗議するより応援する方が、エネルギーが落ちているときでもできそうな気がします。

そして多分明日は国会前にいって、少し元気になって帰ってきます。


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