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シニア世代に”気がついたら夢中になってしまう場”を。


なにかと問題視されるシニア世代?

”50歳を過ぎた社会人の働く意欲が低下している”そんな趣旨の記事を目にすることが増えました。同世代として残念です。

「燃え尽き」「変化に対応できない」など個人の不安を喚起する言説は以前にも見かけてたので、まぁそれはそれで自分のなかでやり過ごせなくもないですが、最近では単なる言説を超えた組織の課題として「静かな退職」「リスキリング疲れ」「ポストオフ」「やる気がない年上部下」など話題になってるようです。ここまでくると、うーん、そんなに我々の世代は、組織にとって”なんとかせねばならぬ存在”なのかと暗い気持ちになります。

課題が着目されるにつれて新しい言説や方法論が盛り上がるのはビジネスの世界の常。シニア(だけに限った話ではないが)の働く意欲を上げるために、「リスキリング」「リカレント」「主体性」「創造性」「ビジョン」「パーパス」「ウェルビーイング」「学び直し、学びほぐし」などの言葉をフックに、いろいろな記事・書籍・セミナーが発信されてます。
私自身も組織開発や研修の場で、このような単語をよく用います。特に「創造性」に関してはこのnoteでもいろいろ書きました。


正論や他人の成功談が耳に痛いとき

ただ、こういう言葉の必要性をあまり声高に提唱するのも諸刃の剣と感じます。提唱する人は誰でも自分の経験に基づいた確信のもとで純粋に語っている。ただ、それをその人の成功体験なども交えて聞かされれば聞かされるほど「やりたいことを持てない自分はやっぱりダメだ」「創造性がない我々の組織はダサい」「普通に楽しく働きたいと思っているだけなのに…」という気持ちに陥る人もいるでしょう。もしくは、頭で理解できても長い人生のなかで今はそういう気持ちになれない場面もあります。
人の多い場所で街頭演説をする誰かに対して「あなたが真剣で、言っていることも正しいのはわかります。でも、もうちょっと音量を落としてくれないでしょうか?」とでも言いたい気分があると思います。

シニア世代の社会人を取り巻く課題を他人事に感じられない私ですが、それでも同世代全般の中ではまだ恵まれてました。私が所属する会社は社員200〜300名の”大きめの中小企業”なので、大企業で言われるような強いしがらみや上意下達の文化はないし、小規模事業者に比べると福利厚生は充実してます。また、管理職は”上に立つ人”というよりも”稼働や目標を管理する役割”の意味合いが強いので、数年前に管理職から外れたときもショックは感じませんでした。私の会社では「○長」のような役職にない人が特定プロジェクトのリーダーを長く任されることは多いし、逆に、管理職でもプロジェクトによってはプレイヤーとして自分より後輩のPMの下で動くこともあります。ですので、管理職から外れたことをショックに受けとめる人は多分私も含めてかなり少ないはずです。
また、過去の私は、転職でいったん職場を去った後、懇意にしていた役員から引き抜き(引き戻し)されたり、会社が合併したことで新しい事業部門に異動させてもらったり、「キャリアに悩み始めた」「今のままだと頭打ちだ」「そろそろ飽きたかな」などと思い始めたタイミングで、新しいことに取り組める機会に遭遇できました。今にして思い返せば幸運でした。

そういう自分なので、クライアント組織に対して「変化を楽しみましょう」「もっと創造的になりましょう」「ビジョンを持ちましょう」などと言うときはかなり慎重に言葉を選んで話します。たまたま会社運も良かっただけの自分が無邪気に言うことで他人に余計なプレッシャーを与える図式になってはいけない、と。


気負わず、緩やかに変わることができたら?

働く意欲や自己肯定感について悩む人に、「主体性」「創造性」「ビジョン」のような”大きな言葉”を振りかざすことなく、また、誰かの主張に指導されたと感じさせるもことなく、その人の内発的な動機に働きかけられないだろうか。もしくは、気がついたら夢中になり良い方向に変化できた。そんな場がつくれないだろうか。

内発的な動機に働きかけるため、越境学習実践共同体など組織の枠を超えた学びの活動を取り入れる企業が増えました。私も過去には大学の社会人向け教育プログラムを履修したり、資格を取得したり、最近は「対話型美術鑑賞」を通してファシリテーションの技術を学んだりしていました。そして、そこで生まれた繋がりをきっかけに、イベント(読書会や対話カフェなど)を企画したり参加したり等の活動も薄くですが続けています。いずれも、あまり仕事に役立てようとは考えず、「いつか何かの時にちょっと役立つことがあればラッキーだ」くらいの軽い気持ちで取り組んでます。

このような活動の狙いは、自組織に閉じては得られない新しい視点の獲得や、変化を受容できる柔軟な姿勢づくりにありますが、そこで得られる何よりの成果は「普段とは異なる人間関係の力学に身を置くことで、その人の潜在的な可能性が開かれること」だと思います。自組織にいると部署の目標を意識したり、上の人の目が気になったり、はたまた失敗が許されないプレッシャーが働きますが、そのような意識から解放されることで、個人の中に新しい感覚や動機が芽生える。こういう場がこれからもっと必要だと思います。
またこのような場は、”大きな言葉”を提唱する人や、”素敵な成功談”を持った人に対して妙な引け目を感じることなく、自分と同じ目線や立場の人と取り組めることも、良い点ではないでしょうか。

最近、クライアントにとっては外部の人である自分が、どこまで「開発」や「育成」をしてあげられるものなのだろうか? もしくは、開発や育成される側の立場にとって本当にそれが望ましいことなのか? ということを切実に考えます。専門家として自分の経験から醸成された知識を人に与えることは重要ですが、当人がそれを吸収できる余地のある”土壌づくり”も同じくらい大切です。そして、その土壌づくりに「普段とは異なる人間関係の力学の下で何かに取り組んでみる」経験が有効だと思うのです。

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