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ドビュッシー ピアノと管弦楽のための《幻想曲》Fantaisie pour piano et orchestre

1889年10月~1890年にかけて作曲され、第4(最後の)留学作品になる予定だった。理由は分からないが、ドビュッシーは提出しなかった。しかもこの曲は初演の機会も失う。
1890年4月21日の国民音楽協会の演奏会でダンディの指揮によるリハーサルまで終わっていたのにドビュッシーは初演を辞退し楽譜を持ち帰ってしまう。プログラムの都合で、ダンディがこの曲の第1楽章のみを採り上げようとしたためであった。
ドビュッシーは、この経緯をダンディ宛の手紙で詫びるとともに、全楽章を通して演奏されることを望んでいる。このドビュッシーの拘りは、後に《ペレアスとメリザンド》の初演までの経過でも見られる。
ドビュッシーは、この《幻想曲》を、初演でピアノを弾く予定であったルネ・シャンサレルに献呈した。ルネ・サンシャレルは、ドビュッシーが3度目の挑戦をしたローマ賞の本選で《放蕩息子》の演奏をした際、第2ピアノを弾いてくれた親友である。
 
 
第1楽章 ト長調、4分の3拍子、アンダンテ・マ・ノン・トロッポ
形式はピアノ協奏曲であるが、ピアノはオーケストラと対峙することはなくピアノの特性を生かしながらオーケストラの響きの中に溶け込んでいる。もうすでに所々、《ペレアスとメリザンド》のオーケストラの響きが感じられる。
 
第2楽章 嬰へ長調、4分の4拍子、レント・エ・モルト・エスプレ
ッシーヴォ、アレグロ・ モルト
冒頭の息をのむような美しさと官能は、ずっと後年に作曲されるオーケストラのための《映像・第3集》のなかの第2曲《イベリア》の〈夜の香り〉を思わせる。《幻想曲》が若き青春の官能であるのに対し〈夜の香り〉は成熟した官能である。
この曲の全編を通じて、オーケストラの中できらきら輝くレース編みのようなピアノが印象的だ。
後半は、実質上の第3楽章に相当し、快活で勇壮なピアノが聴かれる。
 

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