バイオプロセス論文を読む CHO細胞株開発の進化:その15
みなさん、こんにちは。 現在、ADCや多重特性抗体が盛んに開発され、抗体医薬品の勢いはますます加速しています。その抗体医薬品を製造するためには、抗体を効率的に産生するCHO細胞株を開発する必要があります。その際に、目的の抗体遺伝子をCHO細胞のゲノムに組み込むのですが、その遺伝子の導入方法に進化が起きています。その技術進化について、”The new frontier in CHO cell line development: From random to targeted transgene integration technologies”という論文で詳しい説明がなされています。論文のURLを以下にお示しします。無料の論文なので、誰でも自由に読むことができます。
https://doi.org/10.1016/j.biotechadv.2024.108402
このNoteの投稿では、この論文を少しずつ着実に読み進めて行き、最終的にはその技術進化について理解することを目的としています。既に、既存技術であるRandom Transgene Integration の項は終わり、Semi-targeted transgene Integrationの項に入りました。そして15回目である今日は、3.2.3. The PiggyBac transposase systemを勉強していきます。このシステムがCHO細胞に導入された結果、どのような成果が得られたかについて勉強していきます。
なお、過去の投稿(その1から14まで)は以下のマガジンに収納されていますので、ぜひ、ご参照下さい。
今日は、3.2.3. The PiggyBac transposase systemの3つめのパラグラフです。
多くの発表済み研究で、トランスポゼース系を用いた取り組みは古典的なIgGモノクローナル抗体(mAb)フォーマットの発現に焦点が当てられてきました(Boulenouar et al., 2023; Burnight et al., 2012; Matasci et al., 2011)。しかし業界全体の流れとしては、より複雑で非対称的、かつ多特異性をもつ抗体フォーマットへとシフトしています(Jerabek et al., 2024; Tihanyi and Nyitray, 2020)。そのため、最終的な生産クローンを特定するには、すべてのベクターを均等な比率で発現し、かつ高い品質を示すクローンを見つけるための、より大きなスクリーニング努力が必要になる可能性があります(注1)。
STI(特定部位への遺伝子導入)によって生成される細胞プールは、複数遺伝子の発現において均一性が高いため有利ではありますが、それでもプラスミドの総量や配合比率は最適化が求められます(注1)。これは、目的とする多特異性分子を高レベルで、かつ所望の品質で発現するクローン性細胞株を得る可能性を最大化するためです。
トランスポゼースを用いた多遺伝子発現に関して、Balasubramanianらによる興味深い研究があります。彼らは、緑色蛍光タンパク質(EGFP)、分泌型アルカリホスファターゼ、IgGをコードする複数のトランスポゾンベクターを導入しました。さらに、この研究では、各ベクターに同じ選択マーカー、あるいは異なる選択マーカーを利用する実験も行いました(Balasubramanian et al., 2016b)。
その結果、トランスポゼースによって得られた細胞プールは、ランダムインテグレーション(RTI)で得られた細胞プールよりも、すべての組換えタンパク質を高レベルで発現しました。一方、すべてのベクターに同じ選択マーカーを用いた場合には、プラスミド数が増えるにつれて発現レベルやコピー数が低下しましたが、全体の導入数は一定のままでした。異なる選択マーカーを組み合わせた場合には、導入数全体が増加し、コピー数や発現レベルも上昇しました(注2)。
この結果は、STIベースのCLD(細胞株開発)において、多遺伝子発現には複数の選択マーカーを利用することが有効であることを明確に示しています。さらに、複雑なバイオ医薬品に対する多遺伝子発現技術として、トランスポゼースを用いたSTIの有用性を裏付けるものでした(Balasubramanian et al., 2016b)。
注1) 通常の抗体(IgG)は、重鎖と軽鎖がそれぞれ1種類ずつで構成されます。これに対し、二重特異性抗体では、重鎖と軽鎖がそれぞれ2種類必要な場合、あるいは片方が1種類・もう片方が2種類必要な場合があります。そのため、複数種類の発現ベクターを同時に導入(co-transfection)する必要があります。ところが、各ベクターの発現効率は必ずしも均等ではありません。したがって、導入時に複数の混合比を設定し、得られた二重特異性抗体の発現量や品質を比較することで、最適なベクター比率を見いだす必要があります。
注2)ここでは、緑色蛍光タンパク質(EGFP)、分泌型アルカリホスファターゼ、IgGをコードする複数のトランスポゾンベクターをco-transfectionにより、同時に導入していますが、複数種類の発現ベクターをそれぞれ異なる選択マーカーを利用して遺伝子導入すると、同じ選択マーカーを使って遺伝子導入する場合と比べて、なぜ、挿入される遺伝子の総数が増加するのか?と疑問に思った方もいるかと思います。この理由について、この総説では説明がありませんが、一般的には以下のような考え方で説明できると思います。
1. 同じ選択マーカーを使う場合
• 例えば、EGFP、アルカリフォスファターゼ、IgGの3種類の発現ベクターすべてに「ネオマイシン耐性(Neo^R)」を入れて導入したとします。
• このとき、細胞に必要なのは Neo^Rを1コピー持つことだけ です。
• 仮にEGFPのベクターだけが入ってNeo^Rが発現していれば、抗生物質存在下でも生き残れます。
• 結果として、残りのベクター(SEAPやIgG)が導入されていなくても生存可能であり、細胞内に実際に保持される遺伝子コピー数は少なくなる傾向があります。
2. 異なる選択マーカーを使う場合
• 例えば、EGFPにNeo^R、アルカリフォスファターゼにピューロマイシン耐性(Puro^R)、IgGにハイグロマイシン耐性(Hygro^R)を乗せて導入したとします。
• この場合、細胞が抗生物質選択で生き残るためには、Neo・Puro・Hygroのすべてに耐性を持つ必要があります。
• つまり、EGFPベクターだけを導入した細胞や、EGFP+アルカリフォスファターゼだけの細胞は淘汰され、3種類すべてを保持している細胞だけが生き残れます。
• 結果として、導入される遺伝子の総数が増え、コピー数や発現レベルも上昇するというわけです。
*ちなみにトランスポゾンを用いた STI(Site-specific Transgene Integration) がランダムインテグレーション(RTI)よりも高発現クローンを得やすい理由は、以下の点にあります。
1. 挿入先のバイアス
• ランダムインテグレーション(Random Transgene Integration, RTI)の場合、導入遺伝子はゲノムのどこにでも入り込みます。その結果、ヘテロクロマチン(転写不活性領域)やサイレンシングされやすい場所に入ることも多く、遺伝子発現が低下・消失する可能性があります。
• 一方、トランスポゾン(Sleeping Beauty, PiggyBacなど)は、好んで転写活性の高い領域(ユークロマチン)に挿入されやすいという特性を持っています。これにより、安定して高い発現を示すクローンが得られやすくなります。
2. コピー数と安定性
• RTIでは多コピー導入されることもありますが、それが原因でリピート配列によるゲノム不安定性やサイレンシングを招くことがあります。
• トランスポゾンの場合、比較的少数コピーであっても転写活性部位に導入されるため、効率よく高発現が得られ、しかも安定性が高い傾向があります。
3. 複数遺伝子発現への有利さ
• 特に多重特異性抗体のように複数遺伝子を同時に導入する場合、RTIだと発現バランスが崩れやすいですが、
• トランスポゾンを使うと 複数遺伝子がそれぞれ発現しやすい環境に組み込まれる確率が高くなるため、全体として高い発現が得られやすいです。
今日は以上です。お付き合いありがとうございました。
