バイオプロセス論文を読む CHO細胞株開発の進化:その10
みなさん、こんにちは。 現在、ADCや多重特性抗体が盛んに開発され、抗体医薬品の勢いはますます加速しています。その抗体医薬品を製造するためには、抗体を効率的に産生するCHO細胞株を開発する必要があります。その際に、目的の抗体遺伝子をCHO細胞のゲノムに組み込むのですが、その遺伝子の導入方法に進化が起きています。その技術進化について、”The new frontier in CHO cell line development: From random to targeted transgene integration technologies”という論文で詳しい説明がなされています。論文のURLを以下にお示しします。
https://doi.org/10.1016/j.biotechadv.2024.108402
このNoteの投稿では、この論文を少しずつ着実に読み進めて行き、最終的にはその技術進化について理解することを目的としています。既に既存技術であるRandom Transgene Integration の項は終わり、前回からSemi-targeted transgene Integrationの項に入りました。そして10回目である今日は、3.2.1. The sleeping beauty transposase system(スリーピングビューティー・トランスポゼースシステム)を勉強していきます。
なお、過去の投稿(その1から9まで)は以下のマガジンに収納されていますので、ぜひ、ご参照下さい。
それでは、和訳をして行きましょう。
3.2.1. The sleeping beauty transposase system(スリーピングビューティー・トランスポゼースシステム)
スリーピングビューティー(Sleeping Beauty、SB)トランスポゼースシステムは、Tc1/marinerスーパーファミリーに由来しており、11種類の魚類のコンセンサス配列の解析により同定された(Ivics et al., 1997;Ivics and Izsvák, 2015)。このようにして、サケ由来の本来は不活性だったトランスポゾンシステムが、合成トランスポゼースとして再構築され、最終的にグリム童話にちなんで「スリーピングビューティー」と名付けられるに至った(Ivics et al., 1997;Ivics and Izsvák, 2015)。
注釈1
SBシステムは「複数の魚種(11種)」のゲノム中に存在していた、Tc1/mariner型の古代の不活性トランスポゾンの配列をもとに再構築されたものです。
その中に「サケ(salmon)」のゲノム由来の不活性トランスポゾンも含まれていましたが、SBが特定の1種(例:サケ)から直接得られたわけではありません。
Ivics et al. (1997) は、11種類の異なる魚類のゲノム配列から、保存された Tc1/mariner 系トランスポゾン断片を集め、それらのコンセンサス配列を推定し、活性のあるトランスポゼース遺伝子として合成しました。
この再構成されたトランスポゼースに、童話『眠れる森の美女(Sleeping Beauty)』にちなんで名前をつけました。
注釈2
Tc1/mariner型トランスポゾンとは、真核生物に広く分布しているDNAトランスポゾンのスーパーファミリーです。
「Tc1」は線虫(Caenorhabditis elegans)で発見された最初のメンバー
「mariner」はショウジョウバエ(Drosophila)で発見された別系統のメンバー
これらは構造や機能が類似しているため、1つのグループ(スーパーファミリー)としてまとめられています。
それでは、和訳を再開
SBトランスポゼースシステムを補完するものとして、Harrisら(2002)は、哺乳類における安定的なトランスジェニッククローンの作製を目的とし、SBと組み合わせて機能するよう設計されたTc1様トランスポゾンベクター「Prince Charmingベクター」を開発した。このベクターは、トランスポゼースシステムに、複数クローニングサイト(MCS)、ポリアデニル化シグナル、抗生物質選択マーカー用のSV40プロモーターといった古典的なベクター要素を組み合わせたものであり、強力な目的遺伝子(GoI)発現と高い安定性を有する細胞株の確立に貢献し、トランスポゼース由来哺乳類細胞の成功物語の始まりとなった(Harris et al., 2002)。
注釈3
実際の使い方:2プラスミドシステム
① 【ベクター1】:SBトランスポゼース発現ベクター
• SBトランスポゼースを発現するためのベクター。
• 一般的に一過性に発現させる(=ずっと細胞内に残さない)。
• プロモーター(例:CMV)で駆動され、核内で一時的にSB酵素を産生。
② 【ベクター2】:Prince Charmingベクター(トランスポゾン・ドナー)
• 目的遺伝子(GoI)をITR(inverted terminal repeats)で挟んだ構造。
• SBトランスポゼースがこのITRを認識し、GoIごと切り出してゲノムに組み込む。
• トランスポゾン配列の内側に、
• 強いプロモーター+目的遺伝子(GoI)
• 抗生物質耐性遺伝子
• ポリアデニル化配列などの構成要素が入っている。
では、引き続き論文を読んでいきます。
ただし、SBトランスポゼースをCLDワークフローにおいて実用的なシステムとするためには、いくつかの改良や調整が必要であった。一つには、Mátésらによるハイスループット変異スクリーニングによって、最大100倍の活性を示す新規のSBトランスポゼース変異体が同定されたことが挙げられる。この変異体は強力な外来遺伝子統合能力を持ち、SB100Xバリアントとして初めて商業的に利用可能となった(Mátés et al., 2009)。
また、ITR配列の構造と機能の解析を通じて、改良型トランスポゾンが構築され、それによりさらに4倍のトランスポゼース活性向上が実現された(Cui et al., 2002)。これら2つの例は、トランスポゼース酵素そのものとITR配列の両方が最適化の対象となり得ること、すなわち不活性なトランスポゼースを再活性化できる可能性があることを明確に示している。
注釈4:SBトランスポゼースの活性とは何を意味するのか?
「SBトランスポゼースの活性が最大100倍に向上した」という記述における「活性」とは、単に酵素活性の比活性やVmaxを意味しているわけではなく、トランスポジション効率を生物学的に評価した指標を指しています。つまり、一定条件下で、SBトランスポゼースがトランスポゾン配列を宿主ゲノムに挿入する頻度・効率を意味します。
実験概要:
1. SBトランスポゼース変異体(例:SB100X)を発現するプラスミド
2. トランスポゾンベクター(抗生物質耐性遺伝子などを含む)
3. 両者をCo-transfection(同時導入)
4. 一定期間培養後に、抗生物質(例:ネオマイシン/G418)で選択
5. 生き残ったコロニー数(=トランスポジションによってゲノムに目的遺伝子が挿入された細胞数)をカウント
注釈5:Sleeping Beautyの応用は、CAR-Tなど遺伝子・細胞治療の分野で、ウイルスベクターの代わりに用いられることが多いようです。
では、この項の最後の部分の和訳です。
一方で、ITR配列の一部を変異させることで、トランスポゼースとの相互作用を強化し、より高効率なトランスポジションを誘導しようとする試みも行われたが、これらは十分な成果を上げるには至らなかった(Scheuermann et al., 2019;Wei et al., 2022)。
それでもなお、SBトランスポゼース—トランスポゾンシステムは、STI-CLDにおいて非常に高い有効性を示した。Balasubramanianら(2016a)はこの有効性を明確に示しており、彼らはSBを用いることで、従来法によって作製された細胞プールと比較して、最大9倍の生産性を示す強力な細胞プールの作製に成功している(Balasubramanian et al., 2016a)。
注釈6:Balasubramanianら(2016a)の論文では、Sleeping Beautyトランスポゾンを用いてCHO細胞に外来遺伝子を安定導入し、発現性の高い細胞プールおよびクローンを作製しています。従来のプラスミド導入法と比較して、細胞プールでは最大9倍、クローンでは平均して約25倍の高いタンパク質生産性が得られました。
今日は、以上です。
次回は、3.2.2. The Leap-In transposase systemを勉強していきます。
お付き合い、ありがとうございました。
