ぽっかり穴に、鉄が走った日。
私たち夫婦は、長い間、黒猫と暮らしてきた。
初代の名前は、女の子でみーちゃん。
同棲を始めたころから、ずっと一緒だった。
18年。
若かった私たちも、
すれ違った日も、
仲直りした夜も、
全部、見てきた黒い女王。
旅立ったあとの家は、
しん、としていた。
ぽっかり穴があいた。
ダンナは「また飼おう」と言った。
私は、うなずけなかった。
穴が、まだ穴だったから。
一年くらい経って、
やっと「いいよ」と言った。
その瞬間のダンナの検索スピードは、
たぶん光回線より速かった。
掲示板チェック、
里親情報、
スクロールの指、爆速。
入院することになったおばあちゃんの猫たちが
里親を探していて、おばあちゃんの息子が
代わりに里親情報にあげていて。
すぐに、連絡取って、おばあちゃんの家行って。
迎えに行った時
まだ小さくて、
やんちゃで、
でも、どこか不安そうで。
家に来たその日から、
鉄は走った。
ドタドタ。
バタン。
カーテンは登山道。
コードはアスレチック。
名前は、大鉄と子鉄。二人とも男の子。
理由は単純。
浦安鉄筋家族が好きだから。
でもね。
家は再起動した。
静まり返っていた部屋に、
黒い弾丸が二つ。
気づいたら、
ぽっかり穴は、
なんとなく、埋まっていた。
そして私はというと。
世の中では「猫吸い」というらしい。
猫の体に顔をうずめて、
匂いを吸い込む行為。
愛情ホルモンが出るとか、
癒し効果があるとか、
「ニャンコは麻薬」だとか。
難しいことは、よくわからない。
ただ私は、
黒猫の首元に顔をうずめて、
くんくんする。
日向と、毛布と、
ちょっとした野性と、
私たちの生活の匂い。
落ち込んだ日も、
泣いた日も、
鉄はだいたい、いい匂いがする。
今日も鉄は、のびている。
私は今日も、くんくんしている。
初代の女王。
怒ってないよね。
この家は、
ちゃんと、あたたかいよ。

