🍔 サンキューセット、知らないの?
〜思い出は390円のまま〜
旦那とテレビでマックを観ていた。
「マックも高くなったよねぇ」
「うんうん、たかいよねぇ」
物価高、物価高ってニュースでも言ってる。
卵もキャベツもマックも、みーんな上がった。
そりゃそうだ。
上がるしかない世の中だもん。
しみじみしながら、私はぽろっと言った。
「むかしさぁ、サンキューセットってあったよね」
旦那、手を止めた。
「……なにそれ」
え。
「サンキューセット。390円。サンキュー。覚えてないの?」
「マックは行ってたよ。でも、サンキューセットは覚えてない」
旦那、私の3つ下。
3つしか違わないのに。
同じ時代を生きてたはずなのに。
記憶って、不思議。
私はね、サンキューセット世代どころじゃない。
マックでバイトしてたんだよ。
中学を卒業した春休み。
中学生でもないし、高校生でもない。何とも言えないお年頃。
8つ上のお姉ちゃんが、私の世界の中心だった。
なんでもマネしたい。
お姉ちゃんがバイトしてたから、私もぜったいにやるんだって、それだけで面接に行った。
フロムAをめくる。
あの分厚い求人雑誌を、ペラペラめくってる自分に、もう酔いしれていた。
「バイト探してる私」っていう設定が、まぶしくてしょうがない。
中身なんて、ほとんど読めてない。
ただ、めくる手だけが大人だった。

ほんとはね、渋谷のアンナミラーズでバイトしたかった。
あのピンクのチェックの制服。
エプロン。
白いハイソックス。
お皿に山盛りのパイ。
あれを着てる私を、本気で想像していた。

でもね。
中学出たてのコドモができるバイトなんて、現実は地元のマックしかなかった。
渋谷、遠い。
アンミラ、遠い。
フロムA、いらんかったやん。
でも、めくる時間も、夢見る時間も、ぜんぶ青春だった。
採用された。
やったー。
でも、私はね、ほんとポンコツだったよ。
接客なんて、できない。
敬語なんて、できない。
「お持ち帰り用の袋はお付けいたしますか?」
これがね、言えなかった。
なにを血迷ったか、
「おふくろつけますか?」
と言ってしまった。

カウンターの向こうのお客さんが、フリーズしている。
母ちゃんを差し出されたら、誰だってフリーズする。
マネージャーに呼ばれた。
「袋に『お』はつけない。母ちゃんじゃないんだから」
ごもっとも。
ポンコツエピソードは、まだある。
私は、テイクアウトの商品を、入れ忘れる女だった。
一回や二回じゃない。
あまりに入れ忘れが多すぎて、ある日とうとう、
ハンバーガー1個を握りしめて、お客さんの家まで歩いて届けに行った。
マネージャーに
「届けてこい」
って言われて。
平成、まだ昭和の匂いしてた頃。
歩いて。1個。

届けた先の反応は、もう覚えていない。
たぶん必死すぎて、記憶ごと飛んだ。
夢:
渋谷のアンミラで、ピンクの制服を着る私。
現実:
地元のマックで、袋をおふくろって言って、商品を入れ忘れて、ハンバーガー1個握りしめて客先まで届ける私。
オサレ感、まるでなかったね。
サンキューセットを知らない旦那に、こんな話をしてみた。
「えーー、ポンコツすぎる」
笑ってる。
マックの値段は、たしかに上がった。
390円のセットは、もうない。
でも、あの頃の私のポンコツさは、ぜんぜん値上がりしない。
むしろ熟成されて、いい味になってる気さえする。
8つ上のお姉ちゃんに憧れて、
3つ下の旦那に「覚えてない」って言われて。
私の平成初期は、ちょうどそのあいだに、はさまっている。
きょうもマックは高い。
でも、思い出だけは、いつまでも390円のままだ。
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