弟さんを、米のように見守るひと。
さすが、お米を作るひとだなぁと思う。
「ときどきさん」。
noteで出会ってからずっと、やさしい言葉の向こうに“ねばり強さ”を感じていた。
怒らない、焦らない、見放さない。
弟さんを思う気持ちは、まるで稲を見守る人のよう。
風が吹いても、雨が降っても、
「今日も少し伸びたな」って、静かに見つめている。
そんな人だ。
『脳の病気のその後』より
ときどきさんの記事を読むと、胸の奥がじんわり温かくなる。
弟さんが、病後にやる気をなくしてしまった日々。
車で夜に出かけては、行き先もわからないまま帰ってくる。
家族として、心配しないわけがない。
でも、ときどきさんは決して焦らせない。
“立ち上がる時期”を信じて、そばで見守る。
それができるのは、米づくりの人だからだと思う。
お米だって、蒔いたらすぐ実るわけじゃない。
土の中で、じっくり時間をかけて根を張る。
ときどきさんの弟さんへのまなざしも、それと同じ。
急がず、でも絶対に諦めない。
🍙コメント欄でも、じつは
コメント欄では、ときどきさんのユーモアもよく光っている。
そっと笑わせてくれる、あの独特のテンポ。
たとえばわたしが何かボケると、
すかさず「はい、そこ、うまい!」って感じで返してくれる(笑)
あれもきっと、米を炊くときみたいなもの。
熱すぎず、冷たすぎず、ちょうどいい加減で。
“人との距離のあたため方”を知ってるんだよね。
🧣そして、闘魂
高次脳機能障害って、
見えにくいし、理解してもらいづらいところが多い。
わたしだって、いまだに旦那に「なんでそんなことするの?」って聞かれて、
うまく説明できないことがある。
家族って、わかってほしいけど、むずかしい。
それでも、ときどきさんは責めずに、見守る。
それがどれだけ大変なことか、わたしは痛いほどわかる。
粘り勝ちのチャンピオン🌾
だからこそ、わたしは思う。
ときどきさんは、稲穂のチャンピオンだ。
リングの上で派手に戦うんじゃなくて、
土の中で、静かに、確実に勝っている。
最後はやっぱり、闘魂でしめよう。
👊
赤いマフラーをなびかせて、わたしは叫ぶ。
「いけーっ‼️ ときどきさん、ねばり勝ちだーーっ‼️🍚🔥」

