読み、書き、動く日記 その1
※毎日している運動と、読書や論文のようなものを書くことを記録してみることにしました。ご興味のあるところをどうぞ。
Ⅰ 動く
ランニング後はストレッチとフォームローラーで筋肉の張りを取るようにしている。けれど、昨日は眠すぎて、フォームローラーをやらないで寝てしまった。朝は、フォームローラーでふくらはぎなんかをコロコロ。
ヨガはこちらを。
マリコ先生、毎日ありがとうございます。B-FlowのSKYというカレンダープログラムをだいたい一周した。ただ、毎日3本の動画は長いので、最初の2本をやるようにしていた。少し下腹ぽっこりがましになったような気がする。もう一周してみようかな。
Ⅱ 読む
仕事の後は、自転車でクリニックに行き、プラセンタ注射を打つ。アラフィフのため保険が効くので、とても安い。その後、コストコの再販店に行き、おせんべいとマフィンを購入した。大戸屋でサンマを食べようと思ったら、今年はもう終わりだと言われて、がっくり。サンマを食べてそのまま近くの図書館に行く予定だったが、腹ペコゆえ、予定を変更する。
一度自宅に戻り、雑炊とカレイの煮付けの夕飯をかきこみ、最寄りの図書館へ。1時間15分間、読書。昨日の続きの、幸田文の『おとうと』から。
病院のリノリウムの床にゴザをひき、その上に布団を敷いて、泊まりがけで肺結核の弟、碧郎の看病をした姉のげん。想像しただけで背中が痛くなりそうで、私にはとてもじゃないが真似できない。
ミッションスクールを盗みで退学させられるような不良少年の碧郎が、死期を悟り、反りの合わないクリスチャンの継母にも素直になるところは、やはり泣ける。図書館で、少しうるうるしてしまう。
この小説の特徴は、キリスト教に近い人間がエゴイスティックに振る舞い、その教えから遠い人間がむしろイエス的であるところにあると思う。
『おとうと』の後、時間がまだあったので、太宰治の『桜桃』と『父』を読み、島崎藤村の『桜の実の熟する時』も少しだけ。
『桜桃』も『父』も旧約聖書の一節が引用されている。救いを求めるが、神からの応答がないと感じたところに、太宰の悲劇があるのだろう。
太宰の小説は、私小説の趣きがある。小さくて手のかかる3人の子供がいるのに、原稿料を持って姿をくらます夫には、実際の美知子夫人も苦しめられたことであろう。東京女子高等師範学校出身の美知子夫人は、今なら作家の妻などではなく、研究者にでもなられたのではないかと思うのだが、時代ゆえ、そういうわけにもいかなかったんだろうな。
藤村はなかなか進まないけれど、幸田文にも、そしてもしかしたら太宰にも影響を与えているように思うので、少しずつでも読みましょう。
明日は書くことに進めるとよいな。お休みなさい。
どうでもいいつぶやきにお付き合いくださり、ありがとうございました。
