【映画感想文】レスリング・ウィズ・シャドウズ
昔からのプロレスファンの方なら、ブレット・ハートというプロレスラーの名前は聞いたことがあるのではないでしょうか。
カナダ出身。1990年代にアメリカのWWF(現WWE)で「ヒットマン」の異名を持つトップレスラーとして活躍。ちなみに若手時代には新日本プロレスに参戦し、藤波辰巳(現・辰爾)や初代タイガーマスクらと対戦しています。
父親は元プロレスラーでプロレス団体スタンピード・レスリングの主宰者だったスチュ・ハート。12人兄弟の6男で、男兄弟全員プロレスラー。末弟のオーエン・ハートも一時期新日本プロレスの常連で馳浩や獣神サンダーライガーらと熱戦を繰り広げました。
本作は、主にブレットのインタビューをメインに据え、彼の半生と家族、そしてWWF特にオーナーのビンス・マクマホンとの丁々発止にスポットを当てたドキュメンタリー映画です。今ならアマゾンプライムなどで観られます。
危険なエンターテインメントの中に潜むリアル
今は多くの方がご存じでしょうが、プロレスは他の格闘技と違い、完全なリアルファイトではありません。レスラー同士の抗争などはアングルと呼ばれるストーリーラインに沿っており、また試合の流れや勝敗もあらかじめ取り決められている場合がほとんどで、これをブックと呼びます。
プロレスの場合、興行団体が抱えている選手や提携している団体の選手同士で試合が行われるため、選手に怪我をされては最悪興行が成り立たなくなります。特にWWFは他社との提携など一切していないからなおさらです。ブレットも語っていますが、相手を殴ったり蹴ったりする時も、極力相手にダメージが残らないように工夫しているのです。
こういう表現はどうかと思いますが、プロレスは最も痛く危険なライブエンターテインメントと言えるでしょう。
しかしブレットはこうも語ります。「プロレスはみんなが思ってるよりリアルなんだ」と。
ヒーローがヒールになる時
ブレットは長年にわたりリングでヒーローを演じ続けますが、若手の出世頭スティーブ・オースチンの人気に火がつき、やがてブレットに迫る勢いになると、そこに目を付けたビンスにヒールターンを命じられます。ファイトスタイルは荒々しくなり、アメリカやアメリカ人を小馬鹿にするマイクパフォーマンスを繰り返し、ビンスの狙い通り観客のヒート(怒り)を一身に受けるようになります。オースチンとの抗争アングルは約1年続きました。
ライバル団体からのオファーに揺れるヒットマン
当時、WWFと人気を二分していた団体、WCWよりオファーの話が舞い込みます。条件は3年契約で900万ドル。WWFより遥かに好条件です。ギャラを取るか、長年世話になっている団体とそのファンを取るかでブレットの心は揺れます。悩みに悩んだ末、ビンスから提示された20年契約を選び、WWFに残ります。しかし…
悪夢のブック破り!モントリオール事件
WCWはハルク・ホーガンら元WWFの選手達が中心のヒールユニットnWoが大当たり。興行成績やテレビの視聴率でWWFをぶっちぎります。WCWに多くのスター選手を引き抜かれるなどで経営が苦しくなったWWFにとって高給取りのブレットは次第にお荷物になっていきます。遂にビンスはブレットとの契約を破棄し、WCWへの移籍を命じるに至ります。とはいえ、ブレットはチャンピオン。ベルトを持ったまま辞めるわけにはいかないのでビンスは移籍前のカナダ・モントリオールで行われるビッグマッチ「サバイバーシリーズ」でショーン・マイケルズに王座を明け渡すアングルを提示します。しかしブレットは、本国でしかも反りが合わないマイケルズとのタイトルマッチに負けることに強硬に反対。話し合いの末、乱入による無効試合というブックで手を打ちます。
そして試合のゴングが鳴ります。ところが…
マイケルズがブレットの決め技・シャープシューター(サソリ固め)を逆にブレットにかけた途端、ビンスの指示でゴングが鳴らされ、訳の分からないままブレットは王座から陥落します。
団体のオーナーによる最悪のブック破りとなったこの出来事はモントリオール事件と呼ばれ、怒りと失意の中ブレットはWWFを去ることになりました。
ビンスは語ります。「ブレットはプロレスがエンターテインメントであることを忘れていた。彼の自業自得だ」と。
その後のブレットとWWF
WCW移籍後のブレットはこれと言ったインパクトを与えることはできず2000年に引退。その間WWFはオースチンをはじめザ・ロック(ドゥエイン・ジョンソン)、トリプルHなどカリスマ性を持ったスーパースターが育ち、悪のオーナーとして暴君ぶりを発揮したビンスを中心とした路線で大ブレイクを果たし視聴率や興行成績でWCWを圧倒。ブレット引退の翌年2001年にWCWを合併、吸収します。2002年に団体名をWWEに改名。
1999年、WWFに残留したオーエンが入場時の事故により落命。ブレットはビンスを激しく非難しますが2人は2005年に和解、翌年ブレットはWWEの殿堂入りを果たしました。マイケルズとも2010年に和解。以後は度々WWEのリングに登場しているようです。
本作「レスリング・ウィズ・シャドウズ」はプロレスの裏側にある闇の部分を明るみにした最初の映像作品であり、1998年の公開当時プロレスファンが受けた衝撃は計り知れないものだったと思います。
ブレットに寄りすぎて、ビンスを一方的に非難するような内容への批判もあるようですが、トップレスラーだった男の葛藤をリアルに描いた名作として業界内でも評価の高い映画です。

