見出し画像

「未来よりも、目の前の安心」~『10年で300万円を捨てて紙を運ぶ組織の記録』~


【プロローグ:コピー機横の「小さな机」】
フロアの隅、コピー機の横にある使い古された小さな机。
そこが、この組織の「聖域」だ。支所からやってきた職員が、原本とコピーを丁寧に並べ、突き合わせる。システムを開けば1秒で済む照合を、彼らはその狭い机の上で、数十分かけて「手作業」で再現する。
私は今、一線を退き、その光景をただ静観している。

【第1章:システム上のデータと、ボツになった対比表】
1年前、私は確信を持って会議に臨んだ。
原本が揃うのを待って、X市の本部から市内の各支所へ車を走らせる。その非効率を終わらせるために、システム上のデータと原本を紐付ける「対比表」を自ら作成し、イラストを交えて視覚的にも分かりやすく提示した。
「原本を運ぶ必要は、もうありません」
しかし、返ってきたのは建設的な議論ではなく、拒絶の空気だった。


  • 戸惑う職員: 慣れたルーティンを奪われることに怯えている。

  • 「余計なことを言うな」という係長: 前例を変える責任を回避したがっている。

  • 「何を言っているか分からない」という職員: 合理性そのものを脳が拒絶している。

彼らにとって、私の正論は「未来への希望」ではなく、「今の安心を壊す異物」に過ぎなかった。

【第2章:300万円の「安心料」を試算する】
静観を決めた私は、冷徹に数字を弾いてみた。この「紙を運ぶ儀式」を10年続けた場合のコストだ。

  • 移動時間: 年間約96時間。10年で960時間。丸々40日分、誰かが移動のためだけにハンドルを握る。

  • 人件費・車両費: 10年間で約300万円。

これは単なる移動コストではない。本部の2台しかないコピー機に並び、譲り合い、原本が揃わないからと何度も往復する「善意の浪費」の総計だ。300万円あれば、新人一人を雇い、あるいは住民サービスを劇的に向上させることができたはずだ。

【第3章:善意が組織を食いつぶす】
コピー機の行列では、今日も「お先にどうぞ」と美しい譲り合いが行われている。
だが、その「優しさ」が、仕組みを疑う勇気を奪っている。本来、業務改善で解決すべき「欠陥」を、職員一人ひとりの我慢で埋めてしまっているのだ。
彼らは、300万円の損失や10年後の破綻よりも、「今、隣の人と波風を立てず、慣れた手順で仕事をする安心」を選んでいる。

【エピローグ:静かなる敗北】
私はもう、彼らを説得しない。
「前例がない」という沈黙の壁を前に、一人の力で組織のOSを書き換えることは不可能だ。
データは一度も開かれることなく、今日もコピー機のトナーだけが虚しく減っていく。小さな机の上で、今日もまた誰かが紙を組み直している。
私はその背中を見つめながら、この記録をnoteに綴ることにした。10年後、この組織が「じり貧」の果てに立ち往生したとき、誰かがこのボツ案の意味に気づくことを願って。

今日も、コピー機の駆動音だけがフロアに響いている。

【あとがき:次世代へ、あるいは一線を退く私へ】
この件を経て、私は確信した。
組織はもう、一人ひとりの未来を保証してはくれない。
「前例」と「安心」を優先し、300万円と40日の時間をドブに捨てる判断を疑わない場所で、自分の命(時間)を削り続ける必要はないのだ。
これからは、組織の正解ではなく、「個としての正解」を積み上げる時代だ。
私は今、静かにコピー機の行列を眺めながら、次の場所へ向かう準備を始めている。組織の外に一歩出れば、あの「小さな机」で紙を並べる時間よりも、もっと価値ある挑戦が待っているはずだから。



いいなと思ったら応援しよう!