ロックがもう死んだんなら、それはロックの勝手だろ!
今回は、色々な思考をしていたら昔大好きで聞いていたTHEHIGH LOWSの曲の歌詞にたどり着いて、自分の根本に生きていたことに感動した話です。
先日の記事で、『サステナブルはもう持続していない』と思っていたら、
ふと、「ロックは死んだ」という言葉を思い出したのです。
このような言葉を残した人はたくさんいるみたいです。
ジーン・シモンズ (KISS)
ジョニー・ロットン (セックス・ピストルズ)
アダム・レヴィーン(Maroon 5)
ルー・リード (The Velvet Underground)
マリリン・マンソン
レニー・クラヴィッツ
僕はジョニー・ロットンの言葉だと思っていましたが、実際には多くの人が文脈に応じて発していたのですね。
それぞれ微妙に意味は違うと思いますが、サステナブルのように、商業主義に染まって本来の反逆精神を失った状況に対する主旨は共通しているのだと思います。
このフレーズに対して、必ず思い出す歌詞があります。
このバカをちょっと見てみろ 俺は楽しけりゃいいんだ
ロックがもう死んだんなら そりゃロックの勝手だろ
ロックがもう死んだんなら そりゃロックの勝手だろ
このフレーズには、ロックという言葉が消費され尽くされてしまった現状を踏まえつつ、自分の中にロックがあるなら、外野に何を言われても関係ないという態度が示されています。
また、歌詞を調べ直したことで、前段の
このバカをちょっと見てみろ 俺は楽しけりゃいいんだ
を思い出しました。
これには、外野が勝手に消費した言葉に惑わされない「評価軸を外に置く宣言」が込められており、日本の気分中心の社会で芯を持つための最強の方法を示唆していると感じます。
しかも、このフレーズはすごく気分で言っているように見えるのがまた格好いいのです。
ここで、自分の体験に戻ります。
古着の革ジャンを買うことを選んだ選択は、明らかにこの思想にも基づいていたことに気づいたのです。
消費され尽くしたエコやサステナブルという言葉に距離おきつつ、
物を長く使う、新しい消費を減らす、気分ではなく感覚で選ぶ。
もちろん、それらをしない人については関係がない。
長年、好きで気になっていたフレーズが自分の思考と重なって戻ってきた瞬間、少し涙まで出てきました。
些細なことを大袈裟に言っているように感じる方がほとんどだと思います。ただここは、もやもやずっと考えてたことが繋がった僕の嬉しさを見て微笑ましいと許していただければなと思います。
追記
ひとしきり感動した後、ちょっと冷静になって考えてみたときに
欧米のアーティストが『ロックが死んだ』と言って論争に持ち込もうとしているのは対照的だなと思いました。
社会構造の差がそのまま反映された現象に見えます。
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