“BRAIN MASSAGE” PINK CLOUD
僕も家内も耳が聞こえなくなっていた。渋谷・公園通りの坂を下りながら、周りの人たちは怪訝そうに僕たちを振り返る。僕たちはお互い普通に話しているつもりだったが、多分叫びあっているようにしか見えなかったのだろう。
代々木オリンピックプールで行われたピンククラウドの“BRAIN MASSAGE”と題されたその日のライヴは、とにかく音がでかかった。1990年の事だ。この日のライヴは本当に脳みそが爆音によりマッサージされ、ライヴで最前列に陣取った僕たちは約3時間、音のマッサージでトリップしていたのだ。
客電が落とされ、PAから大音量で「Stories」が流れた。もうその時点で会場はひとつの塊になっていた。70年代の自由なフリーコンサートの雰囲気。みんな声を上げスピーカーから流れる音楽をくちずさんでいた。照明が観客を照らす。中には肩車をしているカップルもいた。
BGMにのり3人が舞台に現れる。怒号のような歓声。
そして、“1979.7.14日比谷野音”を彷彿させるあの「君が代」でコンサートは始まった。ジミヘンの「スター・スパングルド・バーナー」の如く、チャーのストラトは悲鳴をあげながら旋律を奏でた。
そして3人は演奏に集中していった。彼らのひたむきな演奏は、観ている僕たちを興奮の渦の中に巻き込んでいった。
1990年のピンククラウドは、精力的に活動していた。『INDEX』(1990)、マキシシングル「WITHOUT LOVE」(1990)の発売。テレビ音楽番組のレギュラーを持ち、ライヴ活動はもとより、ハードカヴァーの写真集まで発表する程だった。
また、同時期の1989年にチャーによって設立された江戸屋レコードは、当初、通信販売中心の手作業でデリバリーするインディーズレーベル。その後、正規の販売ルートにのせメジャー化していくが、1990年はその勢いの真っ只中。とにかく走り続けていた。
“BRAIN MASSAGE”は新旧取り混ぜたコンサート。途中ホーンセクションや金子マリ、佐藤準といったおなじみのメンバーもステージに上がり、会場を盛り上げていった。
2回のアンコールを行ない、最後は「風に吹かれてみませんか」で終了。
MCもほとんどなく、一気に突っ走った。
この模様はビデオで発売され、後にDVDでも発売された。

では、なぜこんな昔のライヴを思い出したかというと棚の整理をしていた時にビデオが出てきたからだ。自分が観たライヴが映像作品として残っていると特別なものになる。
私は、昔からチャー単体にはあまり興味が無く、ピンククラウドの3人の関係性が好きだったので、彼らのビデオやDVDはかなりの数を所有している。
その中でも今は無き“渋谷LIVE INN”のライヴ(1987年12月11日)もそのひとつ。
約40年前のこのライヴ。狭いライブハウスに人があふれかえって私の位置からではチャーとルイスの頭しか見えなかったのだ。ジョニーなんてまるっきり見えない。一緒に行った家内は人に埋もれて音しか聞こえず、挙句、気持ち悪くなって非常階段で休んでいた。
でも、会場のノリはすばらしく、サウナ状態・酸欠状態で、それこそ“BRAIN MASSAGE”である。
ミュージシャンはライヴの高揚感で刺激され、脳からドーパミンとかエンドルフィンが出る。
それを同空間で浴びている観客も高揚する。マッサージだね。

2006年10月18日を加筆
2026年6月29日
花形
