エトムント・フッサールを語ってくれるnote記事2/4
時代背景と立ち位置というものがあるので、
日頃、大学の壇上で独壇場では冗談もいわず、上段だと思われます。
フッサールがクラブに行き
大勢の観衆に囲まれ、スポットライトを浴び
身長3m近い大男と、いきなり2人のラップ・バトルの本番が始まれは
自己主観に完結することはできないのではないだろうか?
ほぼ、手慣れた相手の主観の部品と化してしまうのだろうか?
ここで、爆笑して楽しむフッサールを見てみたかった。
誰か、シミュレーションを企画してほしいです。
やってられなくなった彼は、内心楽しい彼は、クラブ経営したくならないかなー?
そしていたずらのスポンサーたちは、
フッサールの笑顔を見たくて
独壇場のいきなりお立ち台を内緒で画策するのであった。
内的時間意識の現象学を現象化する舞台なのかもしれない。
Negi-Pon(哲学系社労士)さんの記事です。
超越論的主観性は世界を意味づける~フッサールその2:哲学系社労士はかく語りき|Negi-Pon(哲学系社労士) (note.com)
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