不安も寂しさも、足場になる─あの日母になった私への手紙─
初めての母になった日
一人目は逆子だった。
わたし自身も逆子で産まれたと聞かされていたから心配はなかった。
一応逆子を直そうと努力はしていたんだけれど、ひっくり返りかけてはまたもとに戻り……と、中々頭が下にはならなかった。
お腹の子に「自分で決めた道を歩く」といった意思を感じた直感は、長女が高校生の現在現実のものとなっている。
初めての出産後、思うように動けない自分の身体や、個室での不安に押しつぶされそうになった。
古い産院の端の個室。重い鉄の扉を今でも覚えている。
再び、初めての母に
二人目は同じ病院の新しい建物での入院となった。自動洗髪マシーンでのリラックスタイムも楽しめる余裕がある、経産婦らしい入院期間だった。
けれど、産まれてからしばらく、この子は目を開かなかった。
調べてもらっても目に異常はない。
光に反応している以上、目を開いてくれる日を待つしかなかった。
先天性眼瞼下垂。うっすらと開いたまぶたを手術でもう少し上げることにしたのは、それから数年後。
両まぶたの筋肉を縮めるための手術。
幼い子どもの入院、全身麻酔、術後の傷跡と腫れている両方のまぶた。
痛々しい記憶すら、愛しい想い出。
中学生になった現在、特に視力に問題はない。
慣れることのない“母”
三人目の出産。
『産声が小さいな』
3回目の帝王切開。その出産の瞬間、息子の産声が小さいと感じたのだった。
泣いていない訳じゃない。けれど、小さい。
少しの違和感はその後の全身麻酔と共に薄れていった。
その日の夜中に、医師から息子の呼吸が弱く、安定していないことを告げられ、大きい病院へ行くことになると説明を受けた。
遠くからこちらへサイレンが近づいてきて。
また、遠ざかって行ったのを覚えている。
翌朝の病室。
上の子供の出産経験で、本来自分が何をしているはずで、私は今何をしていないかが明確にわかる。
個室である事がありがたかった。
ただ、今思い出すと不思議なのだけれど。
不安な気持ちはあまり湧かなかった。
まだ手術中の一度しか顔を合わせていなかった。けれど、か細くとも、私はあの産声を信じていたのかもしれない。
三人それぞれの母になっていく
現在、三人ともすくすくと成長している。
長女は自ら自分の道を探し、歩みだそうとしている。そのサポートを必要な時にできる母親でいたい。
次女は、今は少し自分の道に迷子になっているけど。自分の道を決められた時に、送り出せる母親になりたい。
末っ子長男はまだまだ未知数。甘えて、怒られて、ふざけて、と、自由に育っている。そんな自由な彼の安心の場でいつづけたい。
それぞれの子供たちの母親として、私は今、頑張っている。
そんな私への手紙
あの日、母になったわたしへ。
あなたが抱いた寂しさも不安も、ちゃんとここへの足場になっているよ。
だから大丈夫。
あの日、この子たちの母になった記憶は、ここから先の未来をも支えてくれるから。
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