DAY127|同じ場所に立ちながら、違う時間を生きている
toi o matou|問いをまとう
販売は、感性を届ける表現行為。
揺らぎを手渡す毎日の記録。
年が明けて、
今日で11日が経とうとしている。
今朝もトレーニングを終え、
職場へ向かう電車を待ちながら、
この文章を書いている。
ふと、
視界に入った景色に、
既視感を覚えた。
今朝は寒さが強く雪が、
ちらつくように降っている。
去年も着ていたトレンチコートを、
今年も着ている。
あれから一年。
同じ駅。
同じホーム。
同じ立ち位置。
身体は、
ほとんど同じ場所に立っている。
それなのに、
時間だけが、
確実に進んでいる。
一ヶ月は、
あっという間で、
一年は、
思っている以上に短い。
この感覚は、
何度も味わってきたはずなのに、
なぜか今日は、
妙に腑に落ちた。
だからこそ、
一日一日を大切にしなければならない。
そんな、
当たり前の言葉に、
改めて納得してしまった。
最近の自分の投稿を振り返ると、
サウナや内省、
ヘルスケアの話題が多い。
意識しているわけではないが、
自然と、
そこに向かっている。
それは、
表側を飾ることや、
語ることよりも、
「中」
根本的な部分を、
整えたいと感じているからだと思う。
もちろん、
着飾ることの力は、
よく知っている。
洋服は、
気持ちを高め、
前向きになるきっかけをくれる。
それは、
間違いなく真実だ。
ただ、
最近は、
その前段にあるものが、
より重要に感じられる。
内側が整っているか。
身体は、
ちゃんと機能しているか。
心は、
今どこを向いているか。
この感覚が強くなったのは、
2024年に初挑戦した
アクアスロンチャレンジあたりからだ。
海で泳ぐ競技は命に関わる領域。
言い訳ができない。
調子が悪ければ、
そのまま結果に出る。
そこには、
評価も、
演出もない。
すべてが、
自分の主観であり、
自分の責任だ。
逃げ場がないからこそ、
誤魔化しも効かない。
だから、
日々整える。
派手なことではない。
むしろ、
地味で、
繰り返しの作業だ。
睡眠。
食事。
呼吸。
思考。
この「整える」作業が、
いざという場面で、
力を発揮する。
それを、
身体で知った。
今年の箱根駅伝を見て、
その感覚は、
さらに強まった。
走る瞬間のために、
どれだけの時間を、
積み重ねてきたのか。
一瞬のための、
長い準備。
仕事も、
人生も、
きっと同じだ。
表に出る瞬間より、
その前の、
目に見えない時間の方が、
はるかに長い。
同じ駅。
同じホーム。
同じコート。
でも、
去年とまったく同じ自分ではない。
今日の問いは、これだ。
「自分は、
目に見えない時間を、
どれだけ丁寧に扱っているだろうか。」
時間は、
止まらない。
だからこそ、
流されるのではなく、
積み重ねる。
雪が舞うホームで、
そんなことを考えながら、
今日も一歩、
日常へ向かっていく。
