ロゼッタ・ストーンが、私に語りかけてきたもの
2026年7月11日(土)、ロンドンの大英博物館にて。

なぜだかわからないけれど、ロゼッタ・ストーンをじっと見つめているうちに、涙があふれてきました。
大英博物館の目玉だから感動した、というのではないと思います。
石に刻まれた一つ一つの文字が、まるで私に何かを語りかけているような、何かを必死に伝えようとしているような、そんな不思議な感覚になったのです。
こんな気持ちになったのは、これまでほとんどありませんでした。
しばらくその場を離れられずにいると、一つの疑問が浮かびました。

「なぜ、同じ内容を三つの文字で書いたのだろう。」
調べてみると、ロゼッタ・ストーンには、ヒエログリフ、デモティック、ギリシャ語という三種類の文字が刻まれていました。
当時のエジプトでは、神官、一般の人々、支配者など、それぞれが使う文字や言葉が違っていました。
だから、一つの王の命令を、誰にでも伝わるように三つの表現で刻んだのです。
その瞬間、私の中で思いもよらないことがつながりました。
「これって、私が34年間やってきた仕事と同じでは。」
私は特別支援学校で、子どもたちに「伝わる」方法をずっと考えてきました。
言葉だけでは伝わらない子には、やさしい日本語を使う。
それでも難しければ、シンボルや写真を使う。
イラストを描いたり、ジェスチャーをしたり、実物を見せたりする。
伝え方はいくつもあります。
大切なのは、どの方法を使うかではありません。
相手に伝わること。
ロゼッタ・ストーンも、時代も目的も違います。
でも、「どうすれば相手に伝わるだろう」と考え、相手に合わせて表現を変えたという点では、私たちが今行っているコミュニケーション支援と通じるものがありました。


二千年以上前の人々も、伝えたい相手を思い、工夫を重ねていた。
そう思うと、人間の根底にあるものは、昔も今も変わらないのではないかと思えてきます。
「伝えたい。」
「わかってほしい。」
その願いは、時代を超えて受け継がれているのかもしれません。
そして、もう一つ思ったことがあります。
今の私だからこそ、感じ取れるものがある。
ずいぶん前の私だったら、「古代文字を解読するきっかけになった有名な石」で終わっていたでしょう。
でも、34年間、「どうしたらこの子、人たちに伝わるだろう」と考え続け、退職し、新しい仕事を始めた今だからこそ、この石から受け取れたものがありました。
ロゼッタ・ストーンは、古代エジプトの文字を解読する鍵となった石として知られています。
でも、私にとっては、それ以上の存在でした。
こんなところで、
ロゼッタ・ストーンと私の仕事がつながるなんて。
「伝える」とは何か。
そのことを、二千年以上の時を越えて静かに教えてくれた石でした。
旅に出ると、作品や建物に出会うだけではありません。
その作品を通して、今の自分自身にも出会っているのだと思います。
そして、今回のロンドンの旅は、また一つ、「つながり」を見つける旅になりました。
