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才能ゼロの私が、5分でマンガを描いて本まで出せた話






私には、長年あきらめていたことがある。それは「マンガを描く」ということである。

絵が、とにかく描けない。子どもの頃から、丸ひとつ描いてもどこかいびつで、人の顔を描けば自分でも誰だか分からなくなる。だから「マンガを描く人」というのは、私にとって別の星の住人だった。生まれつき手の中に魔法を持っている人たち。私のような者が立ち入っていい場所ではない。そう、本気で思っていた。

ところがである。

六十を過ぎて、ひょんなことから、AIでマンガを作るという講座に出会ってしまった。宇佐美ダイ先生という方が教えてくださる講座で、正直に言うと、申し込むときの私は「どうせ私には無理だろうな」と、半分あきらめていた。長年しみついた「才能ゼロ」という自己評価は、そう簡単には剝がれないのである。

そうして、おそるおそる、教わったとおりに手を動かしてみた。

——五分後、画面の中に、マンガが一枚、できあがっていた。

「えっ、私が?」

思わず声が出た。誰もいない部屋で、ひとり、ぽかんとしていた。あんなに遠い星の話だと思っていたものが、コーヒーが冷めるよりも早く、目の前に現れてしまったのである。長年の「描けない」が、たった五分で、音もなくひっくり返った瞬間だった。

種を明かせば、絵を描いてくれるのはAIである。といっても、ただ闇雲にAIに頼むわけではない。宇佐美先生がご自身で編み出された「新宇佐美式」という手法があって、その手順どおりに進めると、絵の描けない私でも、ちゃんと一枚のマンガにたどり着けてしまう。私がやっているのは、その流れに沿って「こういう場面を描いてほしい」とお願いし、出てきたものを選び、整えること。つまり私は、絵を描いているのではなく、選んで形にしている。

宇佐美先生は、絵の出し方だけでなく、AIの使い方から、最後にKindleで本として出すところまで、ていねいに教えてくださった。おかげで私は「描いて終わり」ではなく、「自分の本として世に出す」ところまでたどり着いてしまった。あの、丸ひとつ満足に描けなかった私が、である。

今では、自分の何でもない毎日を、せっせとマンガにするのが、いちばんの楽しみになっている。夫とのどうでもいい会話も、愛犬の寝顔も、コーヒーをこぼした朝も、マンガにすると、なんだか急にいとおしくなる。

長いあいだ、私は「才能がないから」を、いろんなことをあきらめる言い訳に使ってきた。でも、本当はちょっと違ったのかもしれない。才能がなかったのではなく、ただ、入り口を見つけられていなかっただけ。

だから、もしあなたが今、「絵心がないから」「もう歳だから」と、何かをあきらめかけているなら——その言い訳、案外あてにならないですよ、と、こっそりお伝えしておきたい。

まあ、五分で星に行けてしまった私が言うのだから、間違いない。

*マンガは新宇佐美式で描きました

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