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ファジと祖母と私

先日のJ1昇格特番で、
16年前に作った懐かしいゲーフラがテレビに映りました。

その映像をみた時、にわかに込み上げてくるものがありました。

実は、このゲーフラ…

昨年の3月に亡くなった祖母と一緒に作ったゲーフラなんです。
縫い物が出来ない私の代わりに、ゲーフラを縫ってくれました。


昨日、3月3日は 
1年前に亡くなった祖母の命日でした。
雨の朝、祖母の墓前で手を合わせました。


私も鈴木優磨選手と一緒でおばあちゃん子なんです。
うちの祖母は、鈴木選手のおばあさまとはタイプが違いますが笑


ファジと祖母と私

祖母との思い出のうち
ファジアーノに関するものをnote記事に残しておきたいと
パソコンの前に座っています。


祖母ですが
スタジアムには一度だけ来てくれたことがあります。

ファジがJFLにいた頃、
当時の桃太郎スタジアム
バックスタンドGATE9.5くらいの位置で座って観戦しました。

当時の私は座って試合をみることなど出来ず💦
祖母と母を残し、GATE10で応援しました。


GATE10で飛び跳ねるサポーターをみた祖母は、
岡山弁で「あのもんらーは、いきえーが違うなぁー」
(あの人達は勢いが違うね。)

「あんたらーが、おーえんしょんをみるんが楽しいわぁ」
(あなた達が応援しているのを見るのが楽しいわ。)

と感想を話してくれましたのを覚えています。


それからというもの祖母は、
新聞やテレビででファジの情報を欠かさずチェックするようになりました。

「ファジおえんなー(調子悪いね)」
私が祖母の家にいく度に、ファジの話で盛り上がりました。


2011年
ファジの選手、スタッフが
東日本大震災の被災者支援の募金活動をすることを知った祖母が
「私も連れて行って」と言うので、
祖母、母、妻と一緒に岡山駅前に行きました。

募金箱をもっていた当時の木村社長から
「3世代でファジを応援してくださっているんですね。
ありがとうございます。」
と言われた時、

母が、妊娠中の妻のお腹を指さし
「4世代で応援していますよ(笑)」と返して、
木村さんと家族とで、笑いあったのはいい思い出です。


(ちなみに当時お腹にいた息子も今は中学生になり、
我が家一熱心なサポーターに成長しています。)


県外に度々遠征する私を危なっかしく思っていたようで、
遠征中には、必ず安否確認の電話がかかってきました。

警報が出ている中、九州へ遠征した時には、
「心配で、心配で」と
2時間に1回くらい電話がかかってきましたね(苦笑)

私にとって楽しみで楽しみで仕方ないアウェイ遠征ですが、
祖母にとっては
「心配で、心配で」仕方なかったのだと思います。

それだけ孫やひ孫をかわいがってくれていましたね。
心配性な祖母にとっては危なっかしい孫だったと思います。


長い間サポーターをしているので
亡くなったサポ仲間も何人かいます。

半分冗談、半分本気で思っていることがあります。

プレーオフ決勝のあの日
ファジサポ天国支部の方々が、風を起こしてくれたのでは⁉️

J1開幕戦でも

記念すべきJ1初ゴールをアシストした加藤聖選手のコーナーキックを
雉球さんは以下のように評しています。

京都の選手たちの首の角度や追い方をみていると、完全に落下地点の目測を誤っているように見えます。高い到達点から「プロゴルファー猿」の「もず落とし」のような落ち方をしているのですが、落下しながらも予想よりもファーへと伸びていたのかもしれません。

雉球応援人さんnote記事より


いくら、加藤選手が名キッカーとはいえ…

そんなことできる⁉️

ばあちゃん、もしや⁉️

ちらし寿司をうちわで扇ぐ祖母の姿が目に浮かんできました笑


J1昇格を見届けることなくこの世を去った祖母やサポ仲間の思いも含めて、
“全員で勝つ!”
だと私は思ってます。

「ばあちゃん、次も頼むよ」


たわいもない記事を最後までお読みくださり、ありがとうございました。
きっと祖母も喜んでいると思います。







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