「問い読」の不確実なこと、約束できること
「問い読」を開始して3ヶ月経つ。現在は第1期のゼミを開催中であり、同時に第2期のゼミを募集している。一風変わった読書会を立ち上げたのだが、面白がって集まってくれる人がいる一方で、「よくわからない」と言われることもある。
https://toidoku.com/output
なので今回は、正面から「問い読」を語ってみたい。
あらためて、「問い読」とは何か
「問い読」の基本のフォーマットは、すべてオンラインで、毎週一回、夜に開催される。これが6週間続く。この6週間で、皆で同じ本を読む。一冊だけなので、相当じっくり読むことになる。
読む本は、ちょっと難しい本が選ばれる。僕らはそれを「ちょいムズ本」と読んでいるが、ページ数も多く専門家が書いた本であり、普段の生活や仕事とは距離のおいたテーマを扱うものが多い。
例えば、現在のゼミでは、『神々の沈黙』という本を読んでいる。この本は、心理学者であるジュリアン・ジェインが書いたもので「人間はいつから意識を持つようになったのか?」を解こうとするものである。
現在募集中の次のゼミでは『NEXUS――情報の人類史』を読む。ハラリの新刊だが、この本では、歴史を紐解き、人類がいかに情報を流通させてきたかを描き、これからのAI社会でどうそれが変わるかを問う。
読むだけでなく、「問い読」では頭を使わざるを得ないさまざまな仕組みがある。例えば、毎回、当該箇所を読んで「対話」をするが、そこでは「正解のない問い」が提示され、それを元にそれぞれが意見を出し合うので相当、頭が疲れる。しかも、この「問い」を考えるのも参加者である。そのため、通常の講座とは別に交代でこの問いを考えるタスクが発生する。
このように、1冊の本とじっくり向き合い、脳が汗するほど考えることを求められるのが、「問い読」である。僕らは、いま「一生ものの読書力を6週間で身につける」というコピーで告知している。そう、この異質な読書体験を経ることで、どんな本も読みこなせる読書力に自信が持てるようになるのだ。
「問い読」は期待通りにいかない?
この「問い読」は旅の体験と似ていると思う。
旅行も計画を事前に練ったものから、行き当たりばったりのものまでさまざまだが、一番大きな点は、日常から距離を置くことである。それは物理的に当然だが、それが五感から日常を奪い去る。
海外に行くと看板の文字が読めないだけで、もう日常ではない。耳から入る騒音。東南アジアに行くとクラクションの洗礼を受けるが、それは日本で耳にする音ではない。同じように、匂いも、湿度による空気の質感も違い、そこがどこであろうと、もう普段住んでいるところとの違いに意識が行く。旅は、行くだけで日常から離れられる。
問い読も同じような非日常感がある。
まず、そもそも1冊の本を6週間かけてじっくり読む体験はあまりないだろう。その本の世界に6週間没頭するのである。しかも、その本の内容が現実の生活からかけ離れている。
例えば、『神々の神話』では、ギリシャ神話の「イーリアス」の話が出てくる。古代ギリシャでトロイア戦争で活躍したアキレウスの物語について多く言及されているのだが、ここを読んでいると、「なんで今自分はこんなギリシャの神々の物語を読んでいるのだろう?」と不思議な気分になる。そこで古代ギリシャ人について想像を働かせて、彼らの「意識」はどうだったのかに想いを馳せる。これはスマホやパソコンの世界とは別世界である。
そういう世界に、短期間でもどっぷり浸かること。これが、日常の見える景色を変えてくれるのだ。
さらに旅との共通点は、体験の満足にボラティリティが多いことである。旅行でも行ってみたら期待していたほどでもなかった、ことはよくある。同時に、そんなところが楽しめると思ってみなかったことも多い。つまり、期待が設計しにくいのが旅である。保証されているのは、日常から距離を置き、異質なものと出会うことであり、距離を置いて得られるもの、出会う異質の中身は想定できないのである。
僕らの「問い読」にも同じことが言える。課題図書は評判がいいからといって、自分で読んでみて面白いと感じられないかもしれない。逆に、想像とはまるで違った面白さをその本から発見するかもしれない。ここにはボラティリティがある。
なので、「問い読」は効果の約束できない読書ゼミである。
ただし、かなり高い可能性で保証できることがある。
想像を超えた出会いの場
それは、素晴らしい人たちが集まる場に身をおける、ということである。
これまで何回かこの「問い読」を開催しているが、バラバラな人が集まり、かつ僕も驚くほど、人として素晴らしく面白い人たちが集まってきてくれる。
このゼミがオンラインのため住んでいる場所が多様だ。国内はもとより、過去にはボストンや韓国、フィリピン、あるいはオランダからも参加者がいた。それから仕事も年齢もバラバラだ。看護師さん、弁護士さん、コックさんや、主婦の方、経営者、大学の先生など。お坊さんやミュージシャンなどこちらの想定していない方もやってくる。
こんな多様な面はあるのだが、どの人も「じっくり話してみたい」と思える。人の話を丁寧に聞く人、読んでも「わからなかった」と人前で言える人、率先して人の意見を掬い上げる人など。攻撃的な人は皆無だし、独裁的に振る舞う人も来ない。好奇心旺盛で、「課題本」を前にして、純粋に思考を深めようと対話に参加する人たちばかりだ。
これは主催している僕らにとっても想定外であり、このゼミの誇りかもしれない。
旅行もそうだが、そこでの体験価値が保証されない(そこが面白いところでもあるのだが)。そんな中で、僕らの読書ゼミも「入ってみないとわからない」面があるが、この「異質で想像を超えた素晴らしい人たちと交流できる」点は、非常に高い確率で約束できる。
読書の魅力を広めようとする「問い読」だが、非日常体験に没頭できる魅力、そしてそこに集まる人の魅力がある。この魅力に価値を感じる人に、ぜひ参加してみてもらいたい。
