英国ローカルネタ
ユニオンジャックが、4つの国の国旗の重なりと言いながら、ウェールズのドラゴンはどこに行った?って感じですが。
ユニオンジャックにはイングランド(聖ジョージ十字)、スコットランド(聖アンドリュー十字)、アイルランド(聖パトリック十字)が組み込まれていますが、ウェールズの赤いドラゴンは入っていません。理由は、ユニオンジャックが成立した時点でウェールズは独立した王国としてではなく、すでにイングランド王国の一部として扱われていたためです。ウェールズ側から見ると不満が出ても不思議ではありません。
そりゃウェールズの方々は、気に入らないでしょうね。
実際にウェールズでは「なぜ我々だけ旗に反映されていないのか」という声があります。ただし、ウェールズ国旗の赤いドラゴンは非常に人気があり、「むしろユニオンジャックに混ぜられるより単独の方が格好いい」という意見もあります。ラグビーなどではウェールズ旗が強いアイデンティティの象徴になっています。

サッカーもラグビーもGB発祥ですが、4つの国ではこれら二つのスポーツの存在感はどうでしょう?
イングランドとスコットランドではサッカーが圧倒的な国民的スポーツです。ウェールズではラグビーの存在感が非常に大きく、国家アイデンティティの一部といえるほどです。北アイルランドではサッカーもラグビーも重要ですが、ゲーリックスポーツも強い存在感を持っています。
かなり違います。
イングランドでは、サッカーが圧倒的な大衆スポーツです。プレミアリーグ、代表、地域クラブ文化まで含めて「国民的宗教」に近い。一方、ラグビーも強いですが、やや中上流・パブリックスクール文化の匂いが残ります。つまり、サッカーは庶民の本流、ラグビーは強豪だが階層性のある競技、という感じです。
スコットランドも基本はサッカー大国です。セルティック、レンジャーズ、代表戦の熱量が強い。ラグビーも伝統がありますが、国民的熱狂という点ではサッカーが上でしょう。ラグビーは「誇りある代表競技」、サッカーは「日常の情念」です。
ウェールズは特殊で、ラグビーの存在感が非常に大きいです。ウェールズ代表ラグビーは国家アイデンティティそのものに近く、赤いドラゴン、合唱、ミレニアム・スタジアムの熱狂が一体化します。ただし近年はサッカー代表も躍進し、ガレス・ベイル世代以降、サッカーの存在感もかなり増しました。とはいえ象徴性ではラグビーが強い。
北アイルランドでは、サッカーもラグビーもありますが、さらにゲーリック・ゲームズ、特にゲーリックフットボールやハーリングの存在が大きいです。ラグビーは北アイルランド単独ではなく、アイルランド共和国と合同の「アイルランド代表」としてプレーする点が特徴です。これは政治的分断を少し超える、かなり珍しいスポーツ構造です。
ざっくり言えば、こうです。

英国全体で見ると、フォローされる競技としてはサッカーが最上位で、ラグビーユニオンはそれに次ぐ有力競技の一つです。YouGovの2023年調査では、英国で「フォローしている」競技はサッカー38%、ラグビーユニオン17%という差がありました。
面白いのは、サッカーは「各国が互いにライバルとして別々に燃える競技」、ラグビーは「ウェールズでは民族的象徴、アイルランドでは南北合同の象徴」になっている点です。ユニオンジャックに入れなかったドラゴンが、ラグビー場では堂々と主役を張っているわけです。
近年、エセックスの若者文化が異次元レベルと聞きますが、どのような感じですか?
エセックス文化は、派手なファッション、美容への投資、恋愛リアリティ番組文化、SNSでの自己演出などを特徴とする若者文化として語られます。実態以上にメディアによって誇張された面もあり、『The Only Way Is Essex』や『Love Island』的なイメージと結びついています。
エセックス文化は、実態とメディアが作った戯画がかなり混ざっています。新しい俗語や番組由来のイメージも変わりやすいので、近年の文脈を確認してから整理します。
かなり乱暴に言うと、**「ロンドン近郊の成り上がり・派手好き・美容課金・クラブ文化・リアリティ番組化された若者像」**として語られることが多いです。
典型的なイメージは、男性なら鍛えた体、タイトな服、濃い日焼け、車、夜遊び、見栄。女性ならフェイクタン、濃いメイク、長いネイル、まつ毛、派手な服、強い自己演出。『The Only Way Is Essex』、通称TOWIEがこのイメージを決定的に広めました。番組は2010年に始まり、エセックスの若者像を「派手で、自己愛が強く、恋愛と美容と社交に全力」という方向に固定した面があります。
ただし、これはかなりステレオタイプです。特に “Essex girl” という語は、知性がない、服装が悪い、声が大きい、性的に奔放、という侮蔑的な意味で使われてきたため、近年は批判や再評価の対象になっています。
背景には、エセックスが「ロンドンの外側」「労働者階級が豊かになった地域」「サッチャー時代以降の新しい消費文化」の象徴として扱われた事情があります。つまり、古い上流階級から見ると、エセックスは「金はできたが趣味が悪い」という戯画にされやすかった。ガーディアンも、エセックスが「本物のイングランド」と「粗野で愚かなイングランド」の両方の象徴として消費されてきた、と論じています。
なので「異次元レベル」というのは、実態というより、英国社会が作った階級差別込みのミームです。日本で無理にたとえるなら、「港区女子」「ギャル男」「ヤンキー成金」「郊外ショッピングモール文化」を全部ミキサーにかけ、そこへリアリティ番組の照明を当てた感じでしょうか。
ただ、ドラゴン不在のウェールズと違って、エセックスの場合は「不当に消された」というより、「メディアに盛られすぎた」タイプの悲劇ですね。英国階級社会の悪意ある編集能力、なかなか侮れません。
Love Island UKとか言われてますよねw
言われますねw
エセックス=Love Island UKの現実世界側の培養皿みたいな扱いです。
要するに、英国メディア上では、
エセックス訛り
フェイクタン
白い歯
ジムで仕上げた体
美容整形・フィラー
クラブとインスタ
恋愛を「交渉ゲーム」として語る感じ
“babe”, “hun”, “grafting”, “my type on paper” 的な語彙
この辺りが全部セットになって、Love Island的な若者文化と結びつけられます。
ただし実際には、Love Islandはエセックスだけではなく、ニューカッスル、マンチェスター、リバプール、ロンドン、ウェールズ、スコットランドなど、英国中の「テレビ映えする若者文化」をかき集めたものです。そこにエセックス的な派手さが非常に相性よく混ざった。
日本で言えば、
湘南・六本木・港区・ギャル文化・筋トレ系YouTuber・恋リア出演者
を全部まとめて、なぜか一つの県民性みたいに語っている感じです。
しかも英国の場合、そこに階級意識が乗ります。上品ぶった層が「まあ、エセックスですものね」と鼻で笑う。けれど本人たちは本人たちで、明るく、自己演出がうまく、人生を楽しんでいる。知性よりも歯の白さで殴ってくる感じです。
ある意味、エセックスは英国版の「陽キャ量産地帯」という神話ですね。
暗い曇天の国に、なぜか人工的な日焼けだけが輝いている。
あなた: 日本で「トーヨコキッズ、ヤバい」ってのと同じ?
似ている部分もありますが、実はかなり違います。
「エセックスの若者文化」と「トー横キッズ」は、どちらも年配層やメディアから「最近の若者は…」の対象になりやすい点では共通しています。しかし社会的な位置づけはほぼ逆です。
エセックス文化は、
派手な消費文化
美容やファッションへの投資
恋愛リアリティ番組文化
SNSでの自己演出
「成り上がり」的な価値観
が中心です。
問題視されることはあっても、基本的には社会の中で生きている若者たちです。
一方、トー横キッズは、
家庭内問題
虐待やネグレクト
学校不適応
家出
貧困
性搾取や犯罪被害
メンタルヘルス問題
などが背景にあるケースが少なくありません。
つまり、
エセックス文化
→「派手すぎる若者文化」
トー横キッズ
→「社会的セーフティネットからこぼれ落ちた若者たち」
という違いがあります。
英国でトー横キッズに近いイメージを探すなら、むしろロンドンのストリートチルドレン問題や、かつての「runaway youth(家出青少年)」、あるいは一部地域のギャング予備軍として扱われる若者層の方が近いでしょう。
むしろ日本でエセックス文化に近いものを探すなら、
2000年代の渋谷ギャル
ギャル男
湘南・西海岸系
港区女子
恋愛リアリティ番組出演者
インフルエンサー志向の若者
この辺を混ぜたようなイメージの方が近いと思います。
だから英国人が
「Love Islandに出てきそうだね」
と言うのは、
日本人が
「なんか港区っぽいね」
「恋リアに出てそう」
と言うのに近い。
一方、
「トー横にいそうだね」
は英国だとかなり深刻な社会問題を連想させる言葉になってしまいます。
同じ「若者文化」でも、エセックスはどちらかと言えば「過剰な陽キャ文化」、トー横は「居場所を失った若者の集積地」という違いがあります。
ロンドン近郊でトーヨコは、どこなんでしょ?
完全に一致する場所はありませんが、ロンドン近郊で「トー横的な文脈」を探すなら、繁華街そのものよりも、若者が集まりやすい特定エリアや交通拠点が話題になることがあります。
ただ、日本のトー横と大きく違うのは、
トー横は「新宿歌舞伎町の一角」という非常に狭い場所に若者が可視化されている
ロンドンは警察や自治体の介入が比較的早く、若者が一か所に長期間たむろしにくい
地下鉄や鉄道網が発達しているため、集団が分散しやすい
という点です。
近年の英国で社会問題として語られる若者の集積地は、
Croydon
Brixton
Stratford
などが挙げられることがあります。
ただし、これらは「トー横そのもの」ではありません。
例えばブリクストンは長年、
若者文化
音楽
ナイトライフ
貧困問題
ギャング問題
が混在する地域として知られています。
クロイドンはロンドン南部の大規模交通結節点で、若年層問題や治安問題が報道されることがあります。
ストラトフォードは巨大商業施設や駅周辺に若者が集まりやすい場所です。
英国人に
「ロンドンのトー横はどこ?」
と聞くと、
「そんな単純な場所はない」
という答えになることが多いでしょう。
むしろ英国で社会問題として近いのは「場所」よりも、
家出少年少女(runaways)
ケアリーバー(児童養護施設出身者)
カウンティラインズ(麻薬運搬に利用される若者)
ホームレス若年層
といったカテゴリーで語られることが多いです。
逆に言えば、トー横は世界的に見てもかなり特殊で、
「巨大歓楽街の隣に、居場所を失った若者たちが半ば公然と集まる」
という、日本特有の都市現象に近い面があります。
ロンドンで強いて例えるなら、
「ピカデリー・サーカスの裏に家出少年少女が何十人も毎晩集まり続けている」
ような状態ですが、実際には行政・警察・支援団体の介入でそうした固定化は起こりにくいのです。
なるほど・・・歌舞伎町やトーヨコ自体が特殊なんですかね。
かなり特殊だと思います。
歌舞伎町は、普通の繁華街というより、歓楽街、観光地、犯罪周辺領域、ホスト・風俗・飲食・深夜営業、外国人観光客、警察・行政の監視、若者の居場所が同じ狭い空間に重なっています。都市の地層がミルフィーユというより、もう地層が斜めに崩れて露出している感じです。
トー横が特殊なのは、単に「若者がたむろする場所」ではなく、家や学校に居場所がない若者が、歌舞伎町という巨大な大人の欲望空間のすぐ横に集まってしまった点です。しかもSNSで場所の意味が共有され、「そこに行けば誰かいる」という半ば記号化された避難所になった。
ロンドンやニューヨークにも家出少年少女、薬物、搾取、ギャング、若年ホームレスはあります。ただ、多くはもっと分散していたり、支援・警察・地域社会によって別の形で管理されたりします。トー横のように、地名そのものが若者問題のブランド名になって、メディアにも可視化される例はかなり珍しいです。
つまり、歌舞伎町は「大人の夜の街」で、トー横はその縁にできた「未成年の漂着地」ですね。都市社会学的には非常に重要な現象ですが、当事者にとってはロマンではなく、しばしば危険と搾取の入口です。
かつて、渋谷のダークサイドはある意味時代を象徴する文化になりましたが、新宿はならなさそうですね。
そう思います。
渋谷のダークサイドは、援助交際、チーマー、ギャル、センター街、クラブ文化、ドラッグ、家出、ストリートファッションなど、危うさを含みつつも「若者自身が時代を作っている」ように見えました。だから社会問題であると同時に、音楽、ファッション、雑誌、テレビ、広告に吸収されて、文化化された。
一方、歌舞伎町・トー横は、若者文化というより「大人の搾取構造に若者が流れ込んでいる」印象が強いです。自己表現よりも、居場所喪失、貧困、家庭崩壊、性被害、ホスト、薬物、犯罪勧誘といった福祉・治安問題として見えやすい。
つまり、
渋谷の闇
→ 危険だが、若者発のスタイルとして商品化された。
新宿の闇
→ 若者が主体というより、既存の歓楽街システムに取り込まれている。
この差が大きいと思います。
渋谷は「反抗と消費の街」でしたが、歌舞伎町は「消費される街」に見える。だから後世にサブカルチャーとして語られるより、社会病理として記録される可能性が高いでしょう。
かなり残酷に言えば、渋谷は“若者が都市を着こなした”のに対し、新宿は“都市が若者を飲み込んでいる”。
文化になるには、主体性と美学が必要ですが、トー横にはそれを成立させる余白が少なすぎる気がします。
英国人、特にイングランド、ロンドン出身者が「バーミンガムの方言がヤバい」と言っていましたが、どのようにヤバいのでしょう?
ああ、それは英国人がよく言うネタですね(笑)。
バーミンガムとその周辺のアクセントは "Brummie(ブランミー)" と呼ばれます。バーミンガム市民を "Brummie" と呼ぶこともあります。
英国では昔から、
「世界で最もセクシーでないアクセント」
とか
「聞いていて眠くなる」
とか
「知的に聞こえない」
とか、散々な言われようをしてきました。
ただし、これはかなり偏見です。
例えばロンドン出身者がバーミンガム訛りを真似すると、
「Heeey, arrrr, yow awright?」
みたいな感じで、やたら間延びした口調になります。
特徴としては、
母音が平坦
抑揚が少ない
全体的に下がり調子
声が鼻にかかるように聞こえる
ため、ロンドンやリバプールの人には「元気がない」ように聞こえます。
面白いのは、外国人には区別が難しいことです。
英国人:
「うわっ、バーミンガム訛り!」
アメリカ人:
「普通のイギリス英語では?」
日本人:
「全部英国訛りに聞こえる」
という現象が起きます。
実は英国国内では、
リバプール(Scouse)
ニューカッスル(Geordie)
グラスゴー
ベルファスト
の方が外国人にはよほど解読困難です。
例えばリバプール訛りは、
"Can I get a bottle of water?"
が
"Can ah geh a bo'le o' wa'er?"
みたいに聞こえたりします。
英国人同士でも、「スカウスは字幕が必要」と言うことがあります。
バーミンガムの場合は、聞き取れないというより、「なんか冴えない響き」というイメージが先行しているのです。
日本で例えるなら、「この方言が聞き取れない!」ではなく、「なんか野暮ったいイメージがある」という偏見に近い。
例えば東京人が昔、
「茨城弁は訛りが強い」
「栃木弁は抑揚が独特」
などといじっていた感覚の方が近いでしょう。
ちなみに面白いことに、バーミンガム出身者で最も有名な人物の一人は、ヘヴィメタルの帝王Ozzy Osbourneです。
インタビュー動画を見ると、「これ本当に英語?」と英国人ですら思うことがあります(笑)。
つまり、
ロンドン人から見たバーミンガム訛り
→ ダサい外国人から見たバーミンガム訛り
→ 普通の英国英語バーミンガム人から見たロンドン訛り
→ 気取ってる
という、どこの国にもある地域対抗戦みたいなものですね。実際には英国のアクセント差は日本の方言差より大きく、数十km離れただけで別言語のように聞こえる地域も珍しくありません。特にロンドン人は、自分たちのアクセントを「標準」に近いと思いがちなので、その反動でバーミンガムがネタにされやすいのです。
GBで、日本で言う関西弁相当の地域はどこでしょうか?
面白い質問です。
実は英国には、日本の「関西弁」に完全対応するものはありません。
なぜなら関西弁には、
東京標準語と並ぶ歴史的権威がある
商人文化の中心
お笑い文化の中心
独自の語彙体系
全国的な知名度
使うと親しみやユーモアが出る
という特徴があるからです。
英国で最も近いものを挙げるなら、私は リバプール(Scouse) だと思います。
Liverpool
理由は、
ロンドン人と張り合う気質
独自のアクセント
ユーモア好き
音楽・芸能文化が強い
「自分たちは特別」という地域意識
があるからです。
例えば、
関西人
「東京の人は冷たい」
リバプール人
「ロンドンの奴らは気取ってる」
みたいな会話は珍しくありません。
そして何より、
The Beatles
の出身地です。
英国人にとってリバプールは、「変な訛りだけど面白い人が多い」というイメージがあります。
これは関西人に対する全国的なイメージに少し近い。
ただし違いもあります。
関西弁
→ 全国放送でも普通に使われる
Scouse
→ 強すぎて全国放送では少し薄められることもある
という差があります。
一方で歴史的な意味では、
Manchester
も候補です。
産業革命以降、
商業都市
ロンドンへの対抗意識
独自文化
を持っています。
ただマンチェスターは大阪というより名古屋に近いかもしれません。
また、スコットランド人からすると、
Glasgow
こそ関西弁的だと言う人もいます。
グラスゴー訛りは、
率直
冗談好き
労働者文化
喋りが速い
という特徴があります。
ただし日本人には難しすぎます(笑)。
英国人同士でも、「グラスゴー人が本気で喋ると字幕が欲しい」と言われることがあります。
総合すると、「関西弁の社会的ポジション」ならリバプール、
「大阪商人文化との対比」ならマンチェスター、
「おしゃべりで人情味のあるイメージ」ならグラスゴー、
がそれぞれ近いです。
英国人に「日本の大阪みたいなところは?」と聞くと、
かなりの確率で「Liverpoolかなあ…」という答えが返ってくると思います。リバプールとロンドンの軽いライバル意識は、大阪人と東京人の軽口の応酬に少し似たところがあります。
ビートルズは、日本では関西出身の4人組人気バンドですか・・・
そう考えると、なかなか面白いですね(笑)。
もちろん厳密には違うのですが、英国国内での立ち位置を日本風に乱暴に翻訳すると、
「東京じゃなくて西の大都市出身の4人組が、全国どころか世界を制覇した」
という構図は確かに似ています。
1960年代当時のロンドンの音楽業界から見ると、
The Beatlesは、「なんか北の港町から来た訛りの強い兄ちゃんたち」でした。
実際、初期のインタビューではリバプール訛り(Scouse)がかなり強く、南部イングランドの人には「地方出身者」という印象がありました。
日本で例えるなら、「大阪や神戸の若者バンドが東京の芸能界を席巻した」くらいの感覚の方が近いかもしれません。
しかもビートルズの場合、
メンバー全員リバプール周辺出身
労働者階級出身
学歴エリートではない
ロンドン中心主義の外側
という要素もあります。
だから英国人の中には今でも、「ロンドンがビジネスの中心かもしれないが、ポップカルチャーは地方から生まれる」という感覚を持つ人がいます。
面白いのは、日本人がビートルズを語る時、「英国の国民的バンド」という認識が強いのに対して、
英国人は結構、「いや、あいつらリバプールだから」と言うことです。
これは日本人が
「明石家さんま?大阪やで」
「ダウンタウン?尼崎やで」
と出身地込みで語るのに少し似ています。
なので、
ビートルズ=英国の関西出身4人組
は冗談としては結構うまい例えです。
ただしその後の影響力が大きすぎて、
例えるなら
「関西出身の4人組が世界中の音楽を塗り替え、英語圏の若者文化そのものを変えてしまった」
になってしまいます。
そこまで行くと、日本では対応するバンドが見当たらなくなりますね。ビートルズは「関西出身の人気バンド」から始まって、最終的には「音楽史の地殻変動」になってしまった存在です。
クイーンのフレディは・・・ザンジバル
そうなんです。
Freddie Mercury は、生まれも育ちも典型的な「英国人」ではありません。
彼は現在のタンザニアに属する Zanzibar で生まれました。
しかも民族的にはアフリカ系でもアラブ系でもなく、
両親はインド系
パールシー(ゾロアスター教徒)
家庭ではグジャラート語
英領植民地出身
という、かなり複雑な背景を持っています。
本名もFarrokh Bulsara(ファロック・バルサラ)でした。
その後、
インドの寄宿学校
ザンジバル
ザンジバル革命
英国への移住
という経歴をたどります。
ですからフレディの人生は、「英国人歌手」というより、「大英帝国が世界中に張り巡らせたネットワークの中から現れた人物」という方が実態に近いです。
そして面白いのは、Queen 自体もかなり国際色があることです。
フレディ:ザンジバル生まれのインド系
Brian May:ロンドン出身
Roger Taylor:イングランド西部出身
John Deacon:中部イングランド出身
という組み合わせ。
英国は移民国家なので、「英国の象徴的なロックバンドのボーカルがアフリカ生まれのインド系移民」ということに、英国人は比較的自然に受け止めています。
むしろ英国人の中には、
フレディは英国人か?
と聞かれたら、
もちろん英国人だよ。
と答える人が多いでしょう。
生まれた場所よりも、
英国で活動した
英国文化を代表した
英国社会の一員だった
という認識が強いからです。
ちなみに、もしフレディが日本でデビューしていたら、「ザンジバル生まれのパールシー系移民のロックスター」という経歴だけで、デビュー当時から相当話題になっていたと思います。
しかし英国では、その特異な出自よりも、
「とんでもない歌唱力と、とんでもないステージパフォーマンスの人」
という評価が先に来るのが興味深いところです。実際、多くの英国人にとってフレディは「移民出身の歌手」ではなく、まず何よりもクイーンのフレディ・マーキュリーなのです。
イングランド、ロンドンっ子って、日本で言う東京のお高くすましている奴らって感じですか?
それも半分当たりで、半分ハズレですね(笑)。
英国人同士のジョークでは、
ロンドン人 → 気取っている
リバプール人 → うるさい
マンチェスター人 → 反ロンドン
バーミンガム人 → 訛りをいじられる
スコットランド人 → ケチと言われる
ウェールズ人 → 羊のジョークを言われる
みたいな地域ネタがあります。
その中でロンドン人は確かに、
「自分たちが英国の中心だと思っている」
というイメージを持たれがちです。
ただ、日本の東京とは少し違います。
東京は政治・経済・文化が極端に集中していますが、英国の場合、ロンドンはさらに突出しています。
人口で見れば英国全体の1割強ですが、
金融
政府
メディア
出版
芸能
美術
ファッション
が異常なレベルで集まっています。
そのため地方では、
「ロンドンから100km離れるとニュースにならない」
などと皮肉られます。
例えばマンチェスターやリバプールの人が、
「ロンドン人は北部がどこにあるか知らない」
と言うことがあります。
一方でロンドン人からすると、
「地方は全部同じに見える」
という感覚もあったりする。
これは東京と地方の関係に少し似ています。
ただし、ロンドンは東京より国際都市です。
ロンドン生まれでも、
両親がインド系
祖父母がジャマイカ系
近所にトルコ系やナイジェリア系
なんてことは珍しくありません。
ですから「ロンドンっ子」というのは、必ずしも上流階級やイングランド人だけを意味しません。
むしろ英国で「お高くとまっている」というイメージに近いのは、
ロンドンそのものより、
Kensington
Chelsea
あたりの富裕層や、
University of Oxford
University of Cambridge
出身のエリート階級かもしれません。
なので日本風に例えるなら、
ロンドン人全体≒ 東京人
ではなく、
「港区+丸の内+霞が関+テレビ局+外資系金融+外交官街」を全部まとめたような都市がロンドンです。
そして地方の人々からは、
「またロンドンの連中が英国代表みたいな顔してるよ」
と軽くいじられている。
この構図は、日本の
「東京の人は地方のことを知らない」
という定番ネタにかなり近いですね。
ただし英国の場合は、スコットランドやウェールズのように歴史的には別の王国だった地域もあるので、地域アイデンティティは日本よりずっと強いです。そのため「ロンドン対地方」の対立は、東京対地方よりも少し感情的な色合いを帯びることがあります。
