◆加古川流域の歴史遺産001◆「源氏物語と枕草子に使われた紙は杉原紙だったのか?」ー平安文学と播磨・杉原紙のつながりを探るー
平安時代を代表する文学作品といえば、源氏物語 と 枕草子 です。
その優雅な世界を今に伝えるこれらの作品ですが、ふと気になるのが
「いったい、どのような紙に書かれていたのか」
ということです。
私は、兵庫県多可町で今も受け継がれている 杉原紙 に注目し、
「その前身となる椙原庄紙(すぎはらのしょうし)が平安文学に使われていたのではないか」
という視点から調べてみました。
1.杉原紙の前身「椙原庄紙」とは

現在の兵庫県多可町周辺は、古くは播磨国多可郡 椙原庄(すぎはらのしょう)と呼ばれていました。
多可町は、
清らかな水
楮(こうぞ)
豊かな山林資源
に恵まれ、古くから紙漉きに適した土地でした。
杉原紙として文献に明確に現れるのは 鎌倉時代 ですが、その前段階として、平安末期にはすでに小規模な製紙が行われていた可能性があります。
つまり、杉原紙は鎌倉時代に突然生まれたのではなく、平安時代から続く紙づくりの延長線上にあったとも考えられるのです。
2.平安京へ紙はどう運ばれたのか?

平安時代、地方で作られた紙は都へ運ばれていました。
播磨から京都へは、主に次のような流通経路が考えられます。
播磨 → 山陽道 → 摂津 → 京都
平安京に運ばれた紙は、
宮廷の公文書
和歌や手紙
写経
日記
などに使われました。
特に高品質な紙は、地方産であっても貴族社会に届いていた可能性があります。
そのため、椙原庄で作られた紙が都に運ばれていたということ自体は十分考えられるのです。
3.紫式部や清少納言が使った紙の産地

平安宮廷で使われた紙の産地として有力なのは、主に次の地域です。
3-1.京都の官営紙(最有力)
宮中には 紙屋院(かみやいん) という官営の製紙所がありました。
特徴は
薄い
白い
なめらか
染色しやすい
という高級料紙で、宮廷文化にふさわしい紙でした。
3-2.越前紙
古代から高品質で知られ、
丈夫
長持ち
きめ細かい
ことから写経にも使われました。
3-3.美濃紙
平安後期以降に評価が高まり、
柔らかい
薄い
墨のにじみが美しい
という特徴がありました。
3-4.播磨の紙(可能性)
播磨でも紙は作られていたと考えられています。
しかし現時点では、「紫式部や清少納言が杉原紙を使った」と断定できる史料は見つかっていません。
4.杉原紙が注目される理由

杉原紙が特に注目されるのは、後世になって「日本一美しい実用紙」と高く評価されたためです。
室町時代から江戸時代には、杉原紙は全国に知られるブランド和紙となりました。
そのため、その源流が平安時代にも宮廷に届いていたのではないかと考える研究者もいるのです。
5.現時点でわかること

現在の研究を整理すると、次のようになります。
5-1.可能性が高い
京都の官営紙
越前紙
美濃紙
5-2.可能性がある
播磨・椙原庄紙
5-3.まだ証拠がない
紫式部が杉原紙を使用したという断定
つまり、杉原紙説は魅力的だが、まだ仮説の段階というのが現状です。
6.地方の紙が平安文化を支えた可能性

平安文学というと京都の宮廷文化ばかりに目が向きますが、その背後には地方で紙を漉いていた人々の存在がありました。
兵庫県多可町に残る杉原紙の歴史は、地方の技術が都の文化を支えていたことを考えさせてくれます。
もしかすると、千年前の物語の文字の中にも、
播磨の山あいで漉かれた一枚の紙の記憶が残っているのかもしれません。
7.まとめ

杉原紙と平安文学の関係は、まだはっきり解明されていません。
しかし、「地域の和紙が日本文学を支えたかもしれない」という視点は、とてもロマンのあるテーマです。
今後さらに古文書の繊維分析などが進めば、新しい事実が見つかる日が来るかもしれません。
