子どもを人質にして働かせる家族愛搾取
医局人事を揶揄したブラックジョークネタで、「医局員が結婚して、子どもが生まれてローンを組んで家を建てた瞬間に僻地への単身赴任勤務を指示する」というのがあります。
ローンを組んで本人の身動きが重くなったところを狙い撃ちというわけですね。人事に気が進まなくても、家族を養い家のローンを支払わないといけないから、渋々従うと。
まあ、最近ではそんなことをしたらすぐに脱局、転職されてしまいそうなので、ここまで露骨なことはされてないとは思います。
企業のやつの改変だけど違っとるぞ。
— numachi (@numachinomajo) May 1, 2023
家買うために医局やめるわ。
結婚したぞ!(まだだ...まだ“その時”ではない...)
「子供出来たぞ!」( 医局のほうがスタッフ多いから急な休み取れるな。まだだ。)
「家買うぞ!」(今だッ!遠方に飛ばされる前に自分で条件のいい転職先見つけるぞ!)
(Xではまさにこの逆転バージョンだけ見つかりました笑)
けれど、これ、ネタとはいえ、なんとも示唆深い話ではあるんですよね。
子どもができると、子どもの遊び場や部屋の確保のために家を広くしようとしたり、子どもの将来のために教育費を用意しようとしたり、そうしたことでどうしても「子どものために稼がなきゃ」という気持ちが高まるものです。
そうすると、稼ぎが悪くなったり、将来が不安定になるような働き方が選びにくくなるので、多少不満がある仕事環境や人事にも従いがちになる。冒頭のネタほどに露骨でなくとも、こうした家族を抱えて身動きが取れない人に不人気な仕事を割り付けるというのは、ぶっちゃけ現実として起きていることのように思われます。多分医局に限らず他業界でもしばしばあるのではないでしょうか。
(特に若手社員の)成長意欲や献身意欲の足下を見てこき使う「やりがい搾取」はかねてから問題視されてはいますが、こうした家族(特に子ども)を持った社員に対してその身動きの取りにくさをいいことにこき使う「家族愛搾取」と呼びうる現象もまた同様に問題視されるべきではないかと思うんですね。
しかも、この「家族愛搾取」が厄介なのは、何も組織内や企業内に限った話でもなさそうということです。社会全体としてそういう雰囲気があるんですね。
子どもを持つことで、働き方の柔軟性が失われるし、稼がないといけない圧力が高まる。その前提を認識した上で、社会全体として「子育てしながら働きましょう」と、とにかく働くことを推進しているのは、実はそうした子どもを抱えてる家庭の足下を見ているのではないかと邪推してしまいます。
うちの市、最近市長が変わって子育て世帯にアンケートが来たんだけど、全部が全部「どうすれば母親が乳幼児を預けて働きたくなりますか」みたいな内容だった。一通り回答した後、「むしろ家で子育てしたい母親が安心して出来るようにしてくれ」的な意見をオブラートに包んで書いたわ。
— いづこ (@imaizuco) July 10, 2024
子どもを産んだらお金が大量に必要になって、子どもと一緒にいるでもなく、むしろ働かされる。その上、仕事の柔軟性がないから足下を見られて余計に不遇で大変な仕事を(可能な限り限界まで)長時間働かないといけない。
これは実のところ、子どもを人質にして親を働かせている社会的な「家族愛搾取」なのではないでしょうか。冒頭の子どもができてローンを組んだ瞬間の断りにくさにつけこんで攻めた辞令を出すのと何が違うのでしょうか。
で、働く側もおそらくこの問題には重々気づいていて、だから仕事の選択権で不利になりそうな「子どもを持つこと」に慎重になってるわけでしょう。
今時の人々はキャリアでスキルや地位を向上させて「搾取されにくい立場」を確保してからようやく家族計画に移るし(晩婚化・晩産化)、そして子どもを持つにしても多人数産めば産むほど不利になるのが分かってるので少数で収めることにする。
そんな処世術が当たり前になっている。
これで少子化にならないわけはないですね。
なので、少子化対策に取り組むのであれば、この「家族愛搾取」の問題は避けては通れないと思うんですよね。
もちろん、「子どものために働く」ということは、とても人間的で美しい動機ではあると思います。これを否定するわけではありません。
ただ、その気持ちを親が持ってることを良いことに「子どものために親は嫌なことがあっても文句を言わず耐え忍んで働かないといけない」という状況に追い込むのは、「社会のために貢献したい」という若者たちの非常に人間的で美しいやる気を搾取する「やりがい搾取」と構造的にたいして変わりがないでしょう。
「やりがい搾取」が横行すると「やりがいを持つだけ損、利己的に打算的にコスパよく生きるべき」という考え方を助長するのと同様に、「家族愛搾取」が横行すると「家族を持つだけ損、独りで自由に楽しく生きるべき」という考え方を助長します。
この状況は良くないのではというのが江草の主張なんですね。
つまり、ここではあくまで「家族愛」を批判しているのではなく、「家族愛につけこむやり口」をこそ批判しているということをご理解ください。「やりがい搾取」に対する批判が「やりがい」そのものに対する批判ではないのと同じです。
「家族愛」を尊ぶからこそ、それを利用してやろうという動きにはNOを突きつけないといけない。そう思うのです。
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